金沢ご当地クイズ 練習問題と解説

夜の水辺と石橋を思わせる、架空の町並みのドット絵風景
40問一般中級上級

本番の問題を、答え・解説・出典つきで振り返れます。先に答えを考えてから、正解を表示してください。

収録しているのは出題プールの一部です。本番の検定では、ここに載っていない問題も出題されます。

一般難易度1・全10問

まずは、金沢の名刺代わりの10問から。兼六園と金沢城、ひがし茶屋街、金箔に加賀友禅——旅行のパンフレットにも必ず載る定番の顔ぶれを、一歩だけ踏み込んで問います。10問すべて正解なら、旅の案内役は任せられる水準です。答えを開けば、解説と出典で「なぜそうなのか」まで確かめられます。肩ならしのつもりで、どうぞ。

Q1. 加賀藩(加賀百万石)の礎を築き、天正11年(1583年)に金沢城の城主となった戦国武将は誰か。

  1. 上杉謙信
  2. 前田利家
  3. 伊達政宗
  4. 毛利元就
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正解前田利家

前田利家は織田信長・豊臣秀吉に仕えた武将で、天正11年(1583)に金沢城へ入り、加賀藩前田家の礎を築いた。以後、前田家の治世は明治維新まで続き、寺町の配置や用水網など、いまの金沢の街の骨格はこの城下町づくりに始まっている。

出典:戦国時代~江戸時代

Q2. 水戸偕楽園・岡山後楽園と並ぶ「日本三名園」、金沢の庭園は?

  1. 六義園
  2. 浜離宮恩賜庭園
  3. 兼六園
  4. 衆楽園
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正解兼六園

兼六園は加賀藩前田家の歴代藩主が長い年月をかけて育てた、江戸時代を代表する大名庭園で、他の2つの名園とともに日本三名園の一つに数えられる。園内には徽軫灯籠や日本最古とされる噴水など見どころが多く、四季を通じて多くの人が訪れる。

出典:(国指定)兼六園

Q3. 兼六園の「雪吊り」は、雪から枝を守るための技法である。

  1. ○(正しい)
  2. ×(誤り)
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正解○(正しい)

雪吊りは、支柱を立てて縄を放射状に枝へ張り、北陸の湿った重い雪から庭木を守る冬支度の技法。兼六園では毎年11月1日ごろ、唐崎松を皮切りに作業が始まり、円錐形に張られた縄の意匠が冬の金沢を代表する風物詩になっている。

出典:兼六園の雪吊りについて

Q4. 金沢城の城門で、国の重要文化財に指定されている、現存する門は何か。

  1. 桜田門
  2. 石川門
  3. 大手門
  4. 搦手門
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正解石川門

石川門は天明8年(1788)に再建された城門で、昭和25年(1950)に国の重要文化財に指定された。白く見える屋根は鉛瓦で葺かれており、兼六園と向かい合う位置に立つことから、金沢城公園の事実上の正面玄関として親しまれている。

出典:金沢城石川門・三十間長屋

Q5. 金沢市にある「ひがし茶屋街」とはどのような場所か。

  1. 上級武士が暮らした屋敷街
  2. 商人の蔵が立ち並ぶ倉庫街
  3. 江戸時代に加賀藩から公許された、芸妓らの茶屋が並ぶ茶屋街
  4. 藩主一族の別荘が集まる庭園街
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正解江戸時代に加賀藩から公許された、芸妓らの茶屋が並ぶ茶屋街

ひがし茶屋街は文政3年(1820)、城下に点在していた茶屋を加賀藩が公認して集めた茶屋街で、いまも料亭や芸妓の文化が受け継がれている。金沢には、ひがし・にし・主計町の三つの茶屋街が残り、格子戸の町並みが藩政期の面影を伝える。

出典:時がゆったりと流れるまち にし茶屋街

Q7. 金沢に伝わる伝統的な着物の染色技法「加賀友禅」の説明として正しいのはどれか。

  1. 京友禅とは異なる、金沢独自の友禅染めである
  2. 京友禅とまったく同じ技法を指す別名である
  3. 主に藍染めだけを行う技法である
  4. 明治時代に金沢で新しく生まれた技法である
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正解京友禅とは異なる、金沢独自の友禅染めである

加賀友禅は金沢に受け継がれてきた友禅染めで、藍・臙脂・黄土・草・古代紫の「加賀五彩」を基調に、草花を写実的に描くのが特徴。金箔や刺繍などの加飾をほとんど使わない点が、華やかな京友禅との大きな違いとされる。

出典:加賀友禅を知る - 歴史と特徴

Q8. 「金沢カレー」の特徴として正しいものはどれか。

  1. 白いクリームシチューのような見た目のルーを使う
  2. キムチを添えて辛みを効かせるのが定番
  3. 黒に近い濃い色でとろみのあるルーを、フォークで食べる
  4. 汁気の多いスープカレーが主流
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正解黒に近い濃い色でとろみのあるルーを、フォークで食べる

金沢カレーは、黒に近い濃色でとろみの強いルーをステンレスの皿に盛り、キャベツの千切りを添えてフォークで食べるのが定番のスタイル。昭和30年代に金沢の洋食店で生まれたカレーが原型とされ、チェーン店を通じて市外・海外へも広がった。

出典:金沢カレーの歴史

Q9. 金沢は第二次世界大戦で大規模な空襲を受けず、藩政時代からの町並みが今も多く残っている。

  1. ○(正しい)
  2. ×(誤り)
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正解○(正しい)

金沢は第二次世界大戦で大規模な空襲を受けなかったため、長町の武家屋敷跡や三つの茶屋街など、藩政期からの町並みが広い範囲で残った。城下町の姿を現代までとどめる大都市は全国でも少なく、金沢の観光と文化の土台になっている。

出典:昭和時代

Q10. 金沢出身の泉鏡花・室生犀星・徳田秋声の3人の作家は、まとめて何と呼ばれるか。

  1. 金沢三文豪
  2. 加賀三賢人
  3. 北陸文学三傑
  4. 金沢文学の父
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正解金沢三文豪

泉鏡花・室生犀星・徳田秋声の3人は、いずれも明治期の金沢に生まれ、「金沢三文豪」と並び称される。市内にはそれぞれの記念館が置かれ、幻想文学の鏡花、詩情の犀星、自然主義の秋声と、作風の違いも読み比べの楽しみになっている。

出典:ちょこっと文学

中級難易度2・全15問

ここからは、金沢に住んでいる人でも意見が割れる15問。兼六園が最初に何と呼ばれていたか、辰巳用水を引いた町人の名、金箔一枚の薄さ——「聞いたことはあるが、正確には言えない」領域に入ります。歴史の問いには年号の手がかりを添えました。迷ったら、まず前田家の藩主の代替わりを思い浮かべると筋道が見えてきます。

Q11. 兼六園は、5代藩主・前田綱紀が延宝4年(1676年)に自らの別荘の周りを庭園化したことに始まる。この庭園の当初の名前は何か。

  1. 蓮池庭(れんちてい)
  2. 竹沢御殿
  3. 兼六園
  4. 金谷御殿
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正解蓮池庭(れんちてい)

5代藩主・前田綱紀が延宝4年(1676)に別荘の周りを庭園化したものが「蓮池庭」と呼ばれ、兼六園の原型となった。その後も歴代藩主が手を加え続け、文政5年(1822)に「兼六園」と改称。一人の作庭家ではなく、藩主たちの営みの積み重ねでできた庭である。

出典:兼六園の歴史|兼六園

Q12. 金沢城に最初に本格的な天守を築いたのは前田利家だが、その前にこの地に城を築き始めた、柴田勝家の甥にあたる武将は誰か。

  1. 柴田勝豊
  2. 佐久間盛政
  3. 前田利長
  4. 丹羽長秀
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正解佐久間盛政

天正8年(1580)、柴田勝家の甥・佐久間盛政が一向一揆の拠点「金沢御堂」を攻め落とし、この地に金沢城の前身となる城を構えた。盛政が賤ヶ岳の戦いで敗れると前田利家が入城し、本格的な天守を築く。城の歴史は、前田家より一足早く始まっていた。

出典:金沢城の歴史 | 金沢城公園

Q13. 辰巳用水は寛永9年(1632年)、3代藩主・前田利常の命でつくられたが、その設計・施工を担ったと伝わる人物は誰か。

  1. 前田綱紀
  2. 本多政重
  3. 板屋兵四郎
  4. 佐久間盛政
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正解板屋兵四郎

辰巳用水は寛永9年(1632)、3代藩主・前田利常の命により、金沢城の防火用水などを確保するために開削された。設計・施工を担ったと伝わるのは、小松の町人・板屋兵四郎。犀川上流から城下まで、長い隧道(トンネル)区間を含む難工事だった。

出典:辰巳用水 調査~史跡指定~整備

Q14. ひがし茶屋街で2015年の北陸新幹線開業前後から人気となった、金箔を一枚まるごとあしらったスイーツは何か。

  1. 金箔ソフトクリーム
  2. わらび餅パフェ
  3. 甘納豆モナカ
  4. 加賀棒茶ロール
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正解金箔ソフトクリーム

ひがし茶屋街の金箔専門店などが提供する「金箔ソフトクリーム」は、ソフトクリームに金箔を丸ごと一枚のせる見た目のインパクトから、2015年の北陸新幹線金沢開業前後に人気が広がった金沢の新定番スイーツである。

出典:箔一

Q15. 金沢の金箔は、一般的にどれくらいの薄さまで打ち延ばされているか。

  1. 1ミリメートルほど
  2. 10分の1ミリメートルほど
  3. 1万分の1ミリメートルほど
  4. 100分の1ミリメートルほど
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正解1万分の1ミリメートルほど

金沢の金箔は、厚さ1万分の1ミリメートルほどまで打ち延ばされる。10円玉ほどの金合金が畳1枚分近くまで広がる薄さで、わずかな風でも舞うため、職人は竹箸で扱う。この極薄が、仏壇仏具から建築、工芸までの幅広い用途を支えている。

出典:当館の概要

Q16. 京都で人気だった扇絵師で、正徳2年(1712年)に金沢に移り住み、加賀友禅の発展に大きく貢献したとされる人物は誰か。

  1. 尾形光琳
  2. 宮崎友禅斎
  3. 俵屋宗達
  4. 本阿弥光悦
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正解宮崎友禅斎

友禅染めの様式を確立したと伝わる扇絵師・宮崎友禅斎は、京都で人気を博したのち、正徳2年(1712)に金沢へ移り住んだ。加賀藩御用の染物屋に身を寄せ、斬新な模様染めを次々と創案して加賀友禅の発展を後押ししたとされる。「友禅」の名は、この友禅斎に由来する。

出典:加賀友禅を知る - 歴史と特徴

Q17. 「忍者寺」妙立寺の館内を見学するには、当日ふらっと訪れるだけでなく何が必要か。

  1. 事前予約
  2. 僧侶の紹介状
  3. 整理券の抽選当選
  4. 檀家であることの証明
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正解事前予約

妙立寺は自由拝観ができず、事前予約制のガイドツアー形式で見学する。所要時間は約40分で、当日ふらっと訪れても入館できないため、電話やインターネットでの事前予約が欠かせない。

出典:妙立寺(忍者寺)

Q18. 金沢21世紀美術館は、2004年にヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展で建築部門の最高賞を受賞している。その賞の名前は何か。

  1. 金熊賞
  2. パルム・ドール
  3. 金獅子賞(きんじしょう)
  4. プリツカー賞
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正解金獅子賞(きんじしょう)

金沢21世紀美術館は2004年9月、ヴェネチア・ビエンナーレ第9回国際建築展で最高賞の金獅子賞を受賞した。設計は妹島和世と西沢立衛の建築家ユニットSANAA。円形ガラス張りの「まちに開かれた公園のような美術館」という構想が、開館前から世界的な評価を受けた。

出典:History | About | 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa

Q19. 金沢市内の野町駅から白山市の鶴来駅までを結ぶ、北陸鉄道「石川線」の所要時間はおよそどれくらいか。

  1. 約10分
  2. 約30分
  3. 約60分
  4. 約90分
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正解約30分

北陸鉄道石川線は、金沢市内の野町駅から白山市の鶴来駅までを結ぶローカル線で、所要時間は約30分。日中は約60分間隔(朝は15〜20分間隔)で運行され、通学・通勤で日常的に利用される地元の足である。

出典:北陸鉄道石川線

Q20. かぶら寿しは、現在一般的な酢飯を使う寿司とは異なる、古い形式の発酵食品に分類される。それは何と呼ばれるか。

  1. 押し寿司
  2. なれずし
  3. 巻き寿司
  4. 手まり寿司
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正解なれずし

かぶら寿しは、塩漬けにしたカブに塩ブリを挟み、米麹で漬け込んで発酵させる「なれずし」の一種。酢飯を握る寿司より古い形式で、麹の甘みと発酵の酸味が持ち味になっている。寒さの厳しい北陸の冬に仕込まれる、金沢の正月に欠かせない伝統食である。

出典:かぶらずし 石川県 | うちの郷土料理

Q21. 「加賀野菜」の一つで、ずんぐりした白い姿で、長時間煮込んでも荷崩れしないことから金沢おでんに欠かせない食材は何か。

  1. 源助だいこん
  2. 金時草(きんじそう)
  3. くわい
  4. 打木赤皮甘栗かぼちゃ
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正解源助だいこん

源助だいこんは、ずんぐりした白い姿と、煮崩れしにくい肉質が持ち味の加賀野菜。だしがよく染みるため、金沢おでんの定番種になっている。「加賀野菜」は昭和20年(1945)以前から金沢で栽培されてきた品種を市が認定するブランドで、15品目が名を連ねる。

出典:品目紹介 | 加賀野菜 | 金沢市農産物ブランド協会

Q22. 金沢城で、明治14年(1881年)の火災を免れて今も現存する江戸期の建物を全て選べ。

  1. 三十間長屋
  2. 鶴丸倉庫
  3. 石川門
  4. 天守閣
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正解三十間長屋/鶴丸倉庫/石川門

明治14年(1881)の火災の後も残った江戸期の建物は、石川門・三十間長屋・鶴丸倉庫の3棟のみで、いずれも国の重要文化財。天守は慶長7年(1602)の落雷で焼失して以来、再建されていない。現在の五十間長屋などは、平成13年(2001)に伝統工法で復元されたものである。

出典:金沢城の歴史 | 金沢城公園

Q23. 加賀藩・前田家について正しい説明を全て選べ。

  1. 最大で約100万石の石高を誇った
  2. 本拠を置いたのは京都であった
  3. 前田利家が加賀藩の藩祖(初代)である
  4. 歴代藩主は金沢城を居城とした
  5. 前田家は明治維新までお家断絶することなく藩主を務め続けた
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正解最大で約100万石の石高を誇った/前田利家が加賀藩の藩祖(初代)である/歴代藩主は金沢城を居城とした/前田家は明治維新までお家断絶することなく藩主を務め続けた

前田家は利家を藩祖とし、最大約100万石の表高を誇った、将軍家を除けば全国最大の大名家。歴代藩主は金沢城を居城とし、明治維新までお家断絶なく続いた。軍事よりも学問や工芸の振興に力を注いだ統治が、いまの金沢の文化都市としての性格につながっている。本拠はもちろん京都ではなく金沢である。

出典:加賀藩主前田家墓所・辰巳用水附土清水塩硝蔵跡

Q24. 香林坊地区で冬になると、国道157号沿いのケヤキ並木がライトアップされる「香林坊地区ツリーファンタジー」。点灯するケヤキの本数はおよそどれくらいか。

  1. 5本以上
  2. 10本以上
  3. 30本以上
  4. 100本以上
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正解30本以上

香林坊地区ツリーファンタジーは、国道157号沿いに立ち並ぶ30本以上のケヤキにイルミネーションを灯す冬の風物詩で、香林坊の街を幻想的な雰囲気に彩る。買い物客で賑わう繁華街ならではの季節のイベントとして定着している。

出典:香林坊商店街振興組合

Q25. 金沢城公園の夜間ライトアップ(毎週土曜日や観桜期などに実施)は、日没から何時まで入園できるか。

  1. 19:00
  2. 21:00
  3. 23:00
  4. 24:00
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正解21:00

金沢城公園の夜間ライトアップは、毎週土曜日や観桜期などの行楽期に実施され、入園は無料。時間は日没から21:00までで、玉泉院丸庭園や三の丸広場がライトアップされた幻想的な夜の城跡を楽しめる。

出典:夜間開園・ライトアップ

上級難易度3・全15問

仕上げは、金沢通を名乗る前の関門となる15問。天守なき百万石の城の事情、「六勝」ということばの出典、箔打ち禁止令の抜け道——本で言えば脚注にあたる知識を問います。並べ替えや複数選択の形式も交じるため、断片の知識を年表と地図の上でつなぎ直す力が試されます。ここを越えたら、本番の検定でも上位の称号を狙えるはずです。

Q26. 金沢城の天守は1602年(慶長7年)の落雷で焼失して以降、加賀百万石の居城でありながら再建されなかった。その最大の理由として有力なのはどれか。

  1. 徳川幕府に軍事力を誇示していると疑われることを避けるため
  2. 天守を支えるのに十分な木材が北陸で手に入らなかったため
  3. 歴代藩主が天守という様式そのものを嫌っていたため
  4. 城の地盤が天守の再建に耐えられないと判断されたため
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正解徳川幕府に軍事力を誇示していると疑われることを避けるため

天守焼失後は三階櫓が代わりを務めたが、これも後の火災で失われた。外様の大藩だった加賀藩は、徳川家に軍事的野心を疑われることを避けるため、あえて天守を再建しなかったと考えられている。百万石の居城に天守がないという事実そのものが、前田家の慎重な処世を物語っている。

出典:金沢城の建造物について教えてください

Q27. 兼六園の名の由来「六勝」は、中国の書物にある庭園の6つの美点を指す。次のうち、実際に「六勝」に含まれるものを3つ選べ。

  1. 宏大(こうだい)
  2. 蒼古(そうこ)
  3. 水泉(すいせん)
  4. 清浄(せいじょう)
  5. 荘厳(そうごん)
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正解宏大(こうだい)/蒼古(そうこ)/水泉(すいせん)

六勝とは、宋代の『洛陽名園記』に由来する宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の6つの景観要素。「宏大」と「幽邃」のように本来は両立しがたい性質とされ、そのすべてを兼ね備える庭として、文政5年(1822)に「兼六園」の名が与えられた。命名者は奥州白河藩主・松平定信と伝わる。

出典:六勝について|兼六園兼六園の歴史|兼六園

Q28. 兼六園の名勝の一つ「噴水」は、動力を一切使わずに水を吹き上げる日本最古の噴水として知られる。その仕組みはどのようなものか。

  1. 地下水を汲み上げるための水車を利用している
  2. 上流の霞ヶ池との高低差を利用した自然の水圧で吹き上げている
  3. 温泉の地熱で水を沸騰させ蒸気の圧力で吹き上げている
  4. 見学者が足踏み式のポンプを踏んで動かす仕組みになっている
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正解上流の霞ヶ池との高低差を利用した自然の水圧で吹き上げている

この噴水は霞ヶ池を水源とし、池との高低差が生む自然の水圧だけで水を噴き上げる。ポンプも動力も使わないため、水の高さは霞ヶ池の水位に応じて微妙に変わる。19世紀半ば、金沢城内へ水を揚げる試みの試作として造られたと伝わり、日本最古の噴水とされる。

出典:水の物語〜水とくらしについて、兼六園で考える

Q29. 加賀藩の石高(表高)は江戸時代を通じて全国の大名家の中で際立って多く「加賀百万石」と称された。徳川将軍家を除けば全国最大となるその表高はおよそいくらか。

  1. 約30万石
  2. 約60万石
  3. 約102万石
  4. 約200万石
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正解約102万石

加賀藩の表高は、3代藩主・前田利常が子息に富山藩・大聖寺藩を分知した後も約102万5000石を保ち、将軍家を除く全国の大名の中で最大であり続けた。2位以下を大きく引き離す、別格の「一番大名」である。「加賀百万石」の呼び名は、この抜きん出た石高に由来する。

出典:百万石の「一番大名」

Q30. 加賀藩前田家の家紋として知られる「加賀梅鉢」だが、藩祖・前田利家自身は実はこの専用意匠を使っていなかったとされる。この梅鉢紋のルーツとして伝えられる人物は誰か。

  1. 織田信長
  2. 豊臣秀吉
  3. 徳川家康
  4. 菅原道真
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正解菅原道真

加賀梅鉢紋は、学問の神・菅原道真を祀る天神信仰の梅鉢紋に由来し、前田家は道真の後裔を称した。この専用意匠を使い始めたのは江戸時代に入ってからで、藩祖・利家の代には一般的な梅鉢紋が使われていたとみられる。家紋にも、家格を高める演出が込められていた。

出典:加賀梅鉢|意味や由来は?梅鉢紋との違いは?レファレンス事例詳細(加賀梅鉢紋の由来について)

Q31. 「金沢市民の台所」と呼ばれる近江町市場が、城下に点在していた魚市場などが集められて成立したのは享保何年のことか。

  1. 享保元年(1716)
  2. 享保6年(1721)
  3. 享保16年(1731)
  4. 享保20年(1735)
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正解享保6年(1721)

元禄3年(1690)の大火をきっかけに浅野川口の魚市場が近江町へ移り、享保6年(1721)に犀川口の魚市場も合流して、近江町市場が形づくられた。名は近江商人が住んでいたことにちなむと伝わる。以来300年、「金沢市民の台所」であり続けている。

出典:近江町市場商店街振興組合

Q32. 金沢の金箔づくりの起源は、豊臣秀吉による朝鮮出兵の陣中から前田利家が金沢へ製造を命じた文禄2年(1593)頃まで遡るとされる。江戸時代、幕府の「箔打ち禁止令」で金箔づくりが原則として認められていたのは金沢以外にどこか。

  1. 京都・江戸
  2. 大阪・堺
  3. 博多・長崎
  4. 仙台・会津
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正解京都・江戸

江戸幕府の「箔打ち禁止令」により、金箔づくりは原則として京都・江戸以外では禁じられた。それでも加賀藩では密かに製造が続けられ、幕末になってようやく藩御用に限り公認される。統制の下でも技を絶やさなかったことが、明治以降に金沢が全国の生産をほぼ独占する下地になった。

出典:金沢と金箔

Q33. 加賀友禅の基調となる伝統色「加賀五彩」に実際に含まれる色を、次の5つの選択肢のうち4つ選べ。

  1. 藍(あい)
  2. 臙脂(えんじ)
  3. 黄土(おうど)
  4. 古代紫(こだいむらさき)
  5. 金(きん)
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正解藍(あい)/臙脂(えんじ)/黄土(おうど)/古代紫(こだいむらさき)

加賀五彩は藍・臙脂・黄土・草・古代紫の5色。この深く落ち着いた色調を基調に、ぼかしや「虫食い」の表現で草花を写実的に描く。金箔や刺繍といった染色以外の加飾をほとんど用いないのが京友禅との大きな違いで、金色を基調色に使うことはない。

出典:加賀友禅を知る

Q34. 大樋焼は、5代藩主・前田綱紀が茶道奉行として京都から招いた茶道家元に同行して金沢へやってきた陶工が始めたとされる。この陶工が同行した茶道家元とは誰か。

  1. 千利休
  2. 古田織部
  3. 裏千家4代・千宗室(仙叟)
  4. 小堀遠州
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正解裏千家4代・千宗室(仙叟)

前田綱紀は裏千家4代千宗室(仙叟)を茶道奉行として京都から招いた。このとき同行した陶工・土師長左衛門が金沢に留まり大樋村で陶土を発見、大樋焼の初代となった。独特の飴色の釉薬(飴釉)と、ろくろを使わない手ずくねの技法が特徴。

出典:History of the Ohi Ware/大樋焼の歴史について

Q35. 能楽の一派・宝生流は加賀藩の公式の芸能となり、藩士から町人にまで謡(うたい)が広く親しまれ「空から謡が降ってくる」とまで言われた。加賀藩で宝生流が特に奨励されたのは何代藩主の頃からか。

  1. 5代藩主・前田綱紀
  2. 2代藩主・前田利長
  3. 3代藩主・前田利常
  4. 14代藩主・前田慶寧
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正解5代藩主・前田綱紀

5代藩主前田綱紀は、将軍徳川綱吉が宝生流を重んじていたことにならい宝生流を学び、江戸城で自ら舞を披露した。以後、金沢では大工や左官までもが謡を口ずさむほど能楽が浸透し「加賀宝生」と呼ばれる土壌が育まれた。

出典:加賀宝生とは

Q36. 金沢出身の仏教学者・鈴木大拙を顕彰する「鈴木大拙館」の設計を手がけた、金沢にゆかりの深い建築家は誰か。

  1. 安藤忠雄
  2. 隈研吾
  3. 妹島和世
  4. 谷口吉生
正解を表示

正解谷口吉生

鈴木大拙館は、金沢市出身の仏教哲学者・鈴木大拙の考えにふれるための施設。設計は金沢にゆかりの深い建築家・谷口吉生で、水面が静けさを映す「水鏡の庭」と「思索空間棟」を回廊がつなぐ。展示は最小限に絞られ、来館者自身が考えるための建築になっている。

出典:施設概要|鈴木大拙館

Q37. 「金沢三文豪」の一人・室生犀星が自らの筆名に選んだ由来は何か。

  1. 幼少期を過ごした寺の名前から一字をとった
  2. 師と仰いだ詩人の名前から一字をとった
  3. 生家近くを流れる犀川から名をとった
  4. 好んだ動物の名前をそのまま使った
正解を表示

正解生家近くを流れる犀川から名をとった

室生犀星(1889-1962)の筆名は、生家近くを流れる犀川に由来し、その西岸で育ったことから「犀西」に通じる「犀星」の字をあてたもの。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」の一節で知られ、金沢三文豪のなかでは詩と小説の双方に大きな足跡を残した。

出典:Pick Up 室生犀星記念館

Q38. 金沢市はユネスコ創造都市ネットワークに加盟する日本の都市の中で3番目に認定され、しかもある分野ではアジアで初めての認定都市となった。その分野とは何か。

  1. デザイン分野
  2. 音楽分野
  3. クラフト&フォークアート(民俗芸術)分野
  4. 映画分野
正解を表示

正解クラフト&フォークアート(民俗芸術)分野

金沢市は2009年、神戸市・名古屋市(ともにデザイン分野)に次いで日本で3番目にユネスコ創造都市ネットワークへの加盟が認定され、「クラフト&フォークアート」分野ではアジアで初の認定都市となった(同分野では2005年認定のアスワン・サンタフェに続く)。金箔・加賀友禅・大樋焼など、藩政期から続く工芸の集積が評価の土台にある。

出典:ユネスコ創造都市ネットワークとは金沢市(ユネスコ創造都市ネットワーク加盟都市)

Q39. 金沢・加賀藩にまつわる次の出来事を、古い順に並べよ。

  1. 妙立寺(忍者寺)が建立される
  2. 「兼六園」と名付けられる
  3. 前田利家が金沢城に入城する
  4. 辰巳用水が完成する

ヒント: 前田家が金沢に根を下ろした出来事が最初

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正解前田利家が金沢城に入城する → 辰巳用水が完成する → 妙立寺(忍者寺)が建立される → 「兼六園」と名付けられる

前田利家の金沢城入城(1583年)→辰巳用水の完成(1632年)→妙立寺の建立(1643年)→兼六園命名(1822年)の順。入城から用水・寺町の整備までがおよそ60年、庭園に「兼六園」の名が付くのはさらに180年ほど後で、城下町の完成が長い年月をかけた事業だったことがわかる。

出典:戦国時代~江戸時代

Q40. 金沢の近現代における次の出来事を、古い順に並べよ。

  1. 鈴木大拙館が開設される
  2. 北陸新幹線が長野から金沢まで延伸開業する
  3. 金沢21世紀美術館が開館する
  4. 金沢市がユネスコ創造都市ネットワークに加盟認定される

ヒント: 現代美術館の開館が最も早い

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正解金沢21世紀美術館が開館する → 金沢市がユネスコ創造都市ネットワークに加盟認定される → 鈴木大拙館が開設される → 北陸新幹線が長野から金沢まで延伸開業する

金沢21世紀美術館の開館(2004年)→ユネスコ創造都市ネットワーク加盟認定(2009年)→鈴木大拙館の開設(2011年)→北陸新幹線金沢延伸開業(2015年)の順。2000年代以降の金沢が、現代アートと伝統文化の両輪で都市の顔をつくり直し、新幹線開業で全国区になった流れが読み取れる。

出典:コンセプト|美術館について|金沢21世紀美術館ユネスコ創造都市ネットワークとは

詳しくは、解説記事で
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