西郷隆盛・大久保利通ゆかりの地|加治屋町と城山から見る明治維新

明治維新を主導した西郷隆盛と大久保利通は、鹿児島市の同じ町内で生まれました。その町「加治屋町」から、西南戦争で西郷が最期を迎えた「城山」まで、鹿児島市に残る維新ゆかりの地をたどります。
幕末から明治維新にかけて活躍した薩摩藩関係者の多くが、鹿児島城下のごく狭い一角、加治屋町の出身でした。歴史小説家の司馬遼太郎は、この町を「明治維新から日露戦争までを、一町内でやったようなものである」と評しています。
その維新の主役の一人、西郷隆盛が最後の五日間を過ごし、生涯を終えたのが城山です。この記事では、生誕の地から終焉の地まで、史跡としての指定状況も含めて紹介するとともに、幕府に先んじて薩摩藩独自に進めた英国留学生の派遣というもう一つの挑戦もあわせて紹介します。
維新の英雄を生んだ町「加治屋町」
西郷隆盛・大久保利通ら維新の薩摩藩関係者を輩出した町で、今は「維新ふるさと館」を中心に史跡が整備されています。
加治屋町
甲突川沿いのこの町から、西郷隆盛・従道兄弟や大久保利通をはじめ、明治維新から日露戦争期にかけて活躍した薩摩藩関係者が数多く輩出しました。司馬遼太郎はこの町の人材の集中ぶりを「いわば、明治維新から日露戦争までを、一町内でやったようなものである」と評したことで知られています。
維新ふるさと館と歴史ロード「維新ふるさとの道」
加治屋町にある維新ふるさと館は、映像やジオラマ、ロボットなどを使って幕末の薩摩と明治維新を紹介する歴史観光施設です。館の周辺、甲突川左岸に続く約440メートルの「維新ふるさとの道」には、西郷隆盛・従道誕生地や大久保利通生い立ちの地に加え、薩摩藩の教育の基礎となった「いろは歌」の歌碑や、点字を含む解説板が設けられています。
西南戦争最後の地「城山」
1877年の西南戦争で薩軍が最後に立てこもった場所で、西郷隆盛はここで生涯を終えました。
西南戦争と城山籠城
1877年2月、私学校生らの蜂起から始まった西南戦争で、鹿児島を出た薩軍は九州各地を転戦しますが、8月に事実上解散します。西郷隆盛の一行はなお山間部を越えて鹿児島を目指し、9月1日に城下へ戻ると城山に立てこもりました。政府軍は城山を包囲し、9月24日、総攻撃のなかで西南戦争は終結します。
西郷隆盛終焉の地・西郷洞窟
城山に籠城した西郷隆盛は、桐野利秋ら私学校幹部とともに、銃弾に倒れるまでの最後の5日間をこの洞窟で過ごしたと伝わります。1877年9月24日、政府軍の砲撃のなか岩崎谷を駆け下りたところで腰と太ももに銃弾を受け、別府晋介の介錯によって最期を遂げたとされ、満49歳でした。城山は国指定史跡、洞窟と終焉の地は鹿児島市指定史跡です。
薩摩藩はなぜイギリスへ留学生を送ったのか
幕府に先んじて1865年、薩摩藩は19名の留学生をイギリスへ派遣し、近代化を担う人材を育てた。
薩摩藩英国留学生さつまはんえいこくりゅうがくせい
薩摩藩は幕府に先んじて1865年、独自に19名の留学生をイギリスへ派遣した(薩摩藩第一次英国留学生)。一行はロンドンで教育を受け、帰国後は明治政府の官僚や実業家として活躍する人材を輩出した。
寺島宗則てらしまむねのり
1865年の薩摩藩遣英使節団を率いた松木弘安は、後に寺島宗則と名を改め、明治政府の外務卿(外務大臣に相当)を務めた。松木は1862年にも幕府の文久遣欧使節としてヨーロッパへ渡った経験があり、その3年後、薩摩藩独自の使節団を主導した。
よくある質問
西郷隆盛と大久保利通はどんな関係だった?
同じ加治屋町で育った幼なじみで、ともに討幕・明治維新を主導しました。しかし新政府の方針を巡って対立し、大久保が新政府側の中心にいた1877年、西郷が担がれる形で起きた西南戦争で、二人はたもとを分かつことになります。
加治屋町という地名は今も残っている?
はい。現在も鹿児島市の町名として残っており、維新ふるさと館や西郷隆盛・従道誕生地などの史跡はこの地名の一帯にあります。
なぜ「西南戦争」と呼ばれるのか?
首都・東京から見て九州が「西南」の方角にあることが名前の由来です。明治初期には佐賀の乱など各地で士族反乱が起きましたが、西南戦争はその中で最大規模かつ最後の反乱で、官薩両軍の死者は合わせて1万3000人前後にのぼったとされます。
西郷隆盛の最期は史実としてどこまで確かなの?
介錯を行ったとされる別府晋介ら生存者の証言に基づく通説ですが、当事者の多くがその場で命を落としたため、細部は伝承に依拠する部分もあります。命日の9月24日や城山での最期という大枠は、複数の史跡指定や記録から確かな事実として広く共有されています。
薩摩藩の留学生派遣は幕府に許されていたの?
いいえ。幕府が日本人の海外渡航を正式に解いたのは1866年で、薩摩藩は1865年、それより前に独自の判断で留学生を送り出しています。