鹿児島市の難読地名|唐湊・郡元・犬迫・皆与志を由来から読む

最終更新: 2026-07-10

唐湊を描いた架空のドット絵風景

鹿児島市には、初見では正しく読めない町名がいくつも実在します。「唐湊」「郡元」「犬迫」「皆与志」——いずれも住居表示のうえで今も使われている地名で、由来をたどると中世からの歴史が見えてきます。

難読地名の多くは、明治以降の町村合併や住居表示の整理を経てもなお、中世・江戸期の古い地名や読みがそのまま残ったものです。鹿児島市内にもそうした地名が点在しています。

ここでは、東京堂出版『難読地名辞典』などにも収録される「唐湊」を含め、由来がはっきり記録されている4つの地名を、読み方と歴史の両面から紹介します。

漢字の読み方そのものが特殊な地名

「唐湊」「郡元」は、漢字の一般的な読み方から外れており、由来を知らないと読めない代表格です。

唐湊とそ

鹿児島市中部・新川下流域

「唐」も「湊」も見慣えた漢字ですが、あわせて「とそ」と読みます。由来には、この付近が唐(中国)の船が着いた湊であったという説と、唐人(中国からの渡来人)が住んでいたという説の2つが伝わりますが、いずれも確定していません。東京堂出版『難読地名辞典』(1993年)や平凡社『日本歴史地名大系』(1998年)にも難読地名として収録されています。

出典:Wikipedia「唐湊」

郡元こおりもと

鹿児島大学のキャンパスがある町

「郡」は現代では「ぐん」と読むのが普通ですが、郡元では古い読み方の「こおり」が残っています。地名は南北朝時代の史料にすでに見え、1354年の一色範氏宛行状には「郡本」の名で登場します。現在は町域の大半を鹿児島大学郡元キャンパスが占め、附属小・中学校も所在しています。

出典:Wikipedia「郡元 (鹿児島市)」

由来を知ってはじめて納得できる地名

「犬迫」「皆与志」は、読み方の手がかりよりも、地名が生まれた経緯(逸話・町村合併)を知ることで印象に残る地名です。

犬迫町いぬざこちょう

鹿児島市北西部

「犬迫」という地名は、山が深く谷が複雑で、迷い込んだ犬が出られなくなるほどだったことに由来すると伝わります。室町時代の史料にすでに地名が見え、江戸時代には薩摩街道沿いに、鹿児島近在では唯一となる商人町「横井野町」が形成され、茶屋や焼酎屋が営業していました。

出典:Wikipedia「犬迫町」

皆与志町みなよしちょう

鹿児島市北部・甲突川中流域

1950年、伊敷村が鹿児島市に編入された際、それまでの大字「皆房(かいぼう)」と「比志島(ひしじま)」を統合して新設された町で、地名は町内にある皆与志小学校にちなみます。旧・比志島村は、「日本警察の父」と呼ばれる初代大警視(現在の警視総監に相当)川路利良の出身地としても知られています。

出典:Wikipedia「皆与志町」鹿児島県警察「日本警察の父~「川路利良」」

よくある質問

鹿児島市に難読地名が多いのはなぜ?

住居表示や町村合併で変わるのは主に町域の区割りや名称の使い方で、個々の地名の読み方まで手を加える制度ではないためです。鹿児島市に限らず、古い地名の読みが変わらず残るのは日本各地で見られる現象です。

犬迫町と皆与志町はもともと同じ自治体だった?

はい。ともに1889年成立の鹿児島郡伊敷村の一部で、1950年に伊敷村が鹿児島市へ編入された際、それぞれ現在の町名になりました。隣接する両町は、甲突川を挟んで向き合っています。

「郡元」の読みは他の地域にもある?

「郡」を「こおり」と読む例は郡元に限らず各地にありますが、地名としての採否は地域差があります。鹿児島市郡元の場合は、南北朝期からの史料に見える古い読みが、住居表示後の現在まで維持されている点が特徴です。

こうした地名の由来はどこまで確実なの?

唐湊のように由来が2説あり確定していない地名もあります。地名の由来は多くが後世の伝承に基づくため、「〜という説がある」という留保つきで理解するのが実情に近い読み方です。

出典・参考

※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。

執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記

この記事の誤り・修正を報告