「鹿児島っ子」とは?薩摩隼人・おごじょ、地元の呼び方を出典つきで

鹿児島の人を指す呼び方には、古代の「隼人」に由来する「薩摩隼人」、鹿児島弁で若い女性を指す「おごじょ」、そして今も親しまれる「鹿児島っ子」まで、時代の異なるいくつかの言葉があります。それぞれの由来と使われ方を、出典つきで整理します。
「薩摩隼人(さつまはやと)」は勇猛な鹿児島男性の代名詞として知られますが、もとは大和政権と対峙した古代の「隼人」という人々の呼び名でした。歴史をたどると、現在のイメージとは少し違う姿が見えてきます。
一方、鹿児島弁で若い女性を指す「おごじょ」や、現在くだけた場で使われる「鹿児島っ子」は、また別の系譜を持つ言葉です。この記事では、それぞれの由来と使われ方の違いを整理します。
古代の呼び名「隼人」はどこから来た?
南九州に住み大和政権に抵抗した人々を指す古代の呼び名で、実際に使われたのは9世紀初頭までです。
隼人(はやと)はやと
『日本書紀』に確実な初出が見える682年(天武天皇11年)の朝貢記事以降、南九州の人々を指した呼び名です。名称の由来は「ハヤブサのような人」「(犬のように)吠える人」「方位を示す言葉から南を表す『隼』の字による」など諸説あり、定説はありません。大和政権にしばしば反抗し、720年に大隅で起きた大規模な反乱(隼人の反乱)が翌年に鎮圧されたのを最後に、完全に服従したとされます。
阿多隼人・大隅隼人という区分
歴史学者の中村明蔵によれば、史料の記述に照らして確認できる隼人の集団名は「阿多(薩摩)隼人」と「大隅隼人」の2つのみで、「日向隼人」など他の名称は史料の読み違いから生じたと指摘されています。また9世紀初頭以降、南九州の住民を『隼人』と呼ぶ例は史料上一つも見られなくなり、実際にこの名で呼ばれたのはおよそ120年間に過ぎなかったことが指摘されています。
鹿児島弁で女性を指す「おごじょ」
鹿児島弁で若い女性を指す言葉で、古語「おご」が転じたとされ、「薩摩おごじょ」とも呼ばれます。
おごじょ
鹿児島弁で「娘さん、お嬢さん」を意味する言葉です。古語「おご(御御)」が転じたものとされ、家事百般を何でもこなすしっかりした女性への感心を込めて使われることもあります。美しい若い女性を指す「よかおごじょ」という言い方も知られています。
薩摩おごじょ
鹿児島の女性を指して使われる言葉で、優しさと芯の強さ、まっすぐな心を併せ持つ女性像として語られます。「薩摩隼人」が男性の勇猛さを象徴するのに対し、「薩摩おごじょ」はしなやかな強さを表す言葉として、観光や物産の紹介文などでもよく使われています。
よくある質問
「鹿児島っ子」とはどういう意味?
生まれや育ちにかかわらず、鹿児島に親しみを持つ人を指す現代的な呼び方です。「薩摩隼人」「おごじょ」のように歴史的な背景を負った言葉ではなく、地元検定のようなくだけた場面で使われる呼称です。
「薩摩隼人」と「鹿児島っ子」はどう違う?
「薩摩隼人」は古代の『隼人』に由来し、勇猛さを象徴する重みのある言葉です。一方「鹿児島っ子」は現代のくだけた呼び方で、性別や出身を問わず使われる点が異なります。
「おごじょ」の反対、つまり男性側の言葉は?
対になる言葉としてよく挙げられるのが「薩摩隼人」です。もともとは古代の民族名でしたが、後年、勇猛な薩摩男性を指す言葉として定着し、「おごじょ」と並べて語られるようになりました。
鹿児島県内に「隼人」の名が今も残る場所はある?
霧島市の「隼人町」がその一つです。地名は同地にある古代の石造物「隼人塚」にちなむとされ、JR日豊本線と肥薩線が接続する隼人駅の名前にもなっています。