夏みかんから焼きぬきかまぼこ、湯めぐりまで ― 萩・長門の食卓と暮らし

公開日:2026-09-29 / 最終更新:2026-10-01

萩・長門の食と暮らしを描いた架空のドット絵風景

萩の城下町では、土塀の内側から夏みかんの黄色い実がのぞく。あの実は名物である前に、職を失った武士たちが暮らしを立て直すための手段だった。

萩と長門は、同じ日本海側の北浦にありながら、食の成り立ちが少しずつ違う。北浦には、捕鯨文化のある長門、ふぐの下関、武家文化が残って独自の食文化をもつ萩が並ぶ。萩は城下町の暮らしから、長門は魚と鯨の港町の暮らしから、それぞれの味を育ててきた。

なぜその土地でそれが採れ、どう作られ、どう食卓に届くのか。士族の授産、火山灰の土の畑、鮮度勝負の練り物には、それぞれ土地の事情がある。

食の話の先には、買う場所と、たどり着く道がある。道の駅や直売所、萩への行き方、そして湯どころの長門湯本と俵山も、暮らしの一部として並ぶ。

夏みかん ― 士族の授産から城下町の風景へ

萩の夏みかんは、職を失った士族を救う授産策として明治初期に広まり、1889年には収益が当時の萩の財政を追い越すほどになりました。

萩の夏みかんはぎのなつみかん

1804年ごろに伝わり、士族の授産で名産になった

夏みかんが萩に伝わったのは文化初年(1804)ごろで、江向の楢崎十郎兵衛が、大日比の友人から贈られた果実の種を蒔いたという記録がある。原樹があるのは長門市仙崎の大日比。幕末のころ夏にも食べられると分かるまでは、ゆずの代用として使われていた。別名の「ナツダイダイ」は、ダイダイに夏を冠した呼び名で、昨年の実と今年の実が同じ木に並ぶことから、ダイダイは「代々」と書くとされる。萩市は2006年に市の果樹としてナツミカンを定め、初夏に咲く小さな白い花が城下町を彩る。

出典:土塀と夏みかん(ナツダイダイ)萩の夏みかん萩市の概要(市章・市民憲章等)

小幡高政と士族授産

廃屋同然の侍屋敷に苗木を配る

藩庁が萩から山口へ移り、さらに明治政府による士族の給禄奉還で、萩に残った武士たちは苦境に陥った。その打開策として、新政府の要職を歴任して萩に帰郷していた小幡高政が、廃屋同然になった侍屋敷に夏みかんの種を蒔き、苗木を士族たちに配って栽培を広めた。萩で栽培が始まったのは1876年(明治9)とされる。1889年(明治22)には果実と苗木の収益が当時の萩の財政を追い越し、街全体に夏みかん畑が広がった。

出典:萩の夏みかん萩市の概要(市章・市民憲章等)中国地方 山口県|うちの郷土料理

丸漬・砂糖漬け・マーマレード

皮まで使う夏みかんの味わい方

夏みかんの収穫は5月上旬。一個の中身を抜き取って羊羹を流し込んだ「夏みかんの丸漬」は、ゼリー、ジュース、マーマレードとともに人気の土産になっている。砂糖漬けにした夏みかん菓子は、士族の困窮を救うために植えられた歴史と結びついた味である。日本で最初に夏みかんのマーマレードを作ったのは福沢諭吉とされ、1893年(明治26)に送られてきた夏みかんの皮を使ったことが、萩藩医家出身の松岡勇記あての礼状に記されている。

出典:夏みかん|萩GoChi はぎのごちそう中国地方 山口県|うちの郷土料理萩の夏みかん

萩・夏みかんまつりと市のシンボル

旧田中別邸のかんきつ公園の祭りと、市が定めた木・花・果樹・生物

旧田中別邸のかんきつ公園では、2014年掲載の萩市の案内によると、毎年5月中旬に「萩・夏みかんまつり」が開かれる。萩での夏みかん栽培は、明治維新で職を失った武士への救済措置として1876年(明治9)に始まり、往時をしのばせる木が今も市内に多く残っている。萩市は2006年(平成18)11月に、市の木をヒノキとマツ、花をツバキとハギ、果樹をナツミカン、生物をホタルと定めた。ホタルはゲンジボタルやヘイケボタルが知られ、同じ案内には6月に市内各所でホタル祭りが開かれるとある。

出典:萩市の概要(市章・市民憲章等)

焼きぬきかまぼこと長州黒かしわ ― 長門の食を支える鮮度

山口県のかまぼこは、蒸さずに杉板の上で焼き通す「焼きぬき」です。長州黒かしわは、魚粕の飼料が安く手に入った長門で育つ、山口県初の地鶏肉です。

焼きぬきやきぬき

蒸さずに杉板の上で焼き通す、仙崎かまぼこの製法

山口県でかまぼこといえば「焼きぬき」。蒸さずに杉板にすり身を盛りつけ、終始炭火(現在は遠赤外線)で焼き通すことからこの名があり、仙崎かまぼこの代名詞になっている。焼成温度が低く、鮮度が落ちているとかまぼこの良し悪しを決める歯切れ(足)が出ないため、魚の鮮度が命になる。好漁場を控えた長門の仙崎で育った製法とされる。伝統的な原料は地物のエソとグチ。昭和30年代にスケソウダラの冷凍すり身が登場し、大量生産が可能になった。

出典:仙崎かまぼこ

萩の焼き抜き蒲鉾

エソの白い肌と、ちりめん皺

萩の焼き抜き蒲鉾は、日本海で獲れた新鮮なエソを主原料にする。エソは旨味が濃く、蒲鉾の原料としては上等な魚とされる。板の下から遠火で長時間じっくり焼くため、直接火が当たらず焦げ目はつかない。表面は艶のある真っ白な肌になり、冷えて縮むと美しいちりめん皺ができる。寛永17年(1640)11月に開かれた毛利秀就を主客とする茶会の献立に蒲鉾が使われたことが記録に残り、江戸時代には「長州名物」として他国にも知られていた。

出典:焼き抜き蒲鉾|萩GoChi はぎのごちそう

長州黒かしわちょうしゅうくろかしわ

山口県初の地鶏肉、2024年に地理的表示に登録

山口県が地元の天然記念物「黒柏鶏」を活用して13年かけて開発した山口県オリジナルの地鶏で、山口県初の「地鶏肉」。生産地は長門市と美祢市で、2024年(令和6)3月27日に地理的表示(GI)保護制度に登録された。適度な歯ごたえを残しながら柔らかく、旨味成分のイノシン酸や疲労回復成分のイミダゾールジペプチドを多く含む。登録された生産者団体は、長門市の深川養鶏農業協同組合である。

出典:第152号:長州黒かしわ(地理的表示保護制度)

焼き鳥のまち・長門

魚粕が安く手に入る漁業のまちの養鶏

長門市は「焼き鳥のまち」として観光でも知られ、その名物として浸透しているのが長州黒かしわである。長門市の近郊で養鶏が盛んなのは、古くから漁業が栄え、魚粕など高価な飼料が安く手に入る環境だったからだという。鶏肉は外食だけでなく家庭料理としても、地元の食文化に根付いている。

出典:第152号:長州黒かしわ(地理的表示保護制度)

海の恵み ― ウニ・ケンサキイカ・真ふぐ

萩沖の島で加工されるウニ、活きたまま刺身になるケンサキイカ、山口県の天然ふぐの大半を漁獲する萩の真ふぐが、北浦の海の主役です。

ウニ飯うにめし

生ウニ丼ではなく、ウニと米を一緒に炊く炊き込みご飯

萩の代表的な郷土料理「ウニ飯」は、生ウニをのせるウニ丼とは違い、ウニと米を一緒に炊き込んだご飯。サザエやアワビを一緒に入れて、磯の香りとコクを出す。ウニは高価でめったに食卓に上らず、かつては大切な客人のもてなしに振る舞われた。

出典:北浦うに|萩GoChi はぎのごちそう

大島の粒ウニ

季節ごとに主役が入れ替わる、瓶詰めのウニ

萩六島の一つで、萩の沖約8kmにある大島は、市内で最も漁業が盛んな島。特産品は、バフンウニやアカウニを塩とアルコールで瓶詰めした「粒ウニ」で、塩だけで漬けたものは「汐ウニ」と呼ぶ。旬の時期には島の港近くの家々の玄関や庭先で、ウニの選別と板ウニ作りが行われる。ウニの主役はムラサキウニが3〜4月、バフンウニが6〜7月、アカウニが7〜8月と、季節ごとに入れ替わる。

出典:北浦うに|萩GoChi はぎのごちそう萩市の概要(地勢・産業)

ケンサキイカ

一杯ずつ釣り上げ、生かしたまま港へ運ぶ

萩の活きたケンサキイカは、刺身にすると白く透き通り、噛むとこりっとして甘みがじわりと出ると人気がある。環境の変化でストレスを受けると鮮度が落ちやすく、長距離輸送が難しいため、活きたままの刺身は産地ならではの食べ方になる。漁の最盛期は梅雨明けから秋で、釣り糸を手にとって一杯ずつ釣り上げ、船の生簀で活かしたまま港へ運ぶ。ゲソは天ぷらにもされる。

出典:萩のけんさきいか|萩GoChi はぎのごちそう

萩の真ふぐ

すべて天然物、山口県の天然ふぐの大半を漁獲

萩で獲れる真ふぐは、トラフグが養殖中心なのに対し、すべて天然物。山口県の天然フグの大半を漁獲しているのは萩市で、最盛期は2〜4月にあたる。ふぐ類の集積市場として日本一とされる下関の南風泊市場でも、真ふぐの水揚げ量の多くを、萩の越ケ浜の延縄船団が漁獲している。

出典:萩の真ふぐ|萩GoChi はぎのごちそう

萩・魚まつりはぎ・さかなまつり

漁協女性部のフグ鍋とサザエ飯が名物の魚の催し

萩・魚まつりは、山口県漁協の萩地方卸売市場と道の駅「萩しーまーと」で開かれる恒例の催し。新鮮な活魚・鮮魚の即売のほか、漁協女性部や漁師のおかみさんが手づくりするジャンボふぐ鍋やサザエ飯の販売があり、魚のつかみ取りなど、魚とふれあうコーナーも並ぶ。

出典:萩・魚まつり

畑と牧場と酒蔵 ― 火山島のスイカから、ゆずきち、GI萩まで

相島のスイカや千石台の大根は火山島と玄武岩の台地が、大井のタマネギは日本海の暖流と砂壌土が育てます。長門ゆずきちは萩の田万川が原産で、萩と阿武の清酒は国のGIに指定されています。

相島スイカ

火山島の段々畑で育つ、山口県最大の産地

萩六島の一つ、萩沖14kmに浮かぶ相島は、火山活動の隆起でできた島で、山口県最大のスイカの産地。山を持たない島のため日照をさえぎるものがなく、水はけのよい火山灰土壌の段々畑で育つ。1株に1果だけ実らせる「1株1果どり」で、高い糖度とシャリ感を出す。出荷は5月下旬から8月上旬。

出典:萩相島スイカ|萩GoChi はぎのごちそう萩市の概要(地勢・産業)

千石台だいこん

玄武岩の台地で、夜に収穫する大根

むつみ地域の千石台は玄武岩の台地で、山口県内最大の大根産地。標高400〜500mの畑で育つ大根は、気温の低い夜間に収穫して鮮度を保ち、山口・広島・福岡などへ出荷される。土は火山灰由来の柔らかな黒ボク土で、千石台の名は、言い伝えで穀物が千石とれたことにちなむとされる。

出典:千石台だいこん|萩GoChi はぎのごちそう

大井のタマネギ

1個ずつ皮をむく「みがきたまねぎ」

萩市大井地区のタマネギは、収穫後に1つずつ丁寧に皮をむいて特有の光沢を出した「みがきたまねぎ」として知られ、2015年にやまぐちブランドの農産物に認定された。対馬海流の影響で冬でも比較的温暖で、水はけのよい砂壌土の畑で育つため、大玉で肉厚、甘みがある。主に下関や北九州の市場へ出荷される。

出典:大井のタマネギ|萩GoChi はぎのごちそう

長門ゆずきちながとゆずきち

名は長門、原産は萩の田万川

カボスやスダチの仲間の香酸柑橘で、山口県オリジナル。長門市が県内最大の産地で、長門市・萩市・下関市で栽培され、収穫は8月上旬から10月下旬。名に長門を冠するが、もとは萩市の田万川地域で庭先果樹として栽培されていたのが原産で、1967年、元静岡県かんきつ試験場長の田中論一郎博士の提案で命名された。昭和40年代の田万川では夏みかんが中心だったが、寒害と価格下落が続いたため、ゆずきちに注目が集まって栽培面積が広がった。ユズやカボスのような強い香りがなく酸味も控えめで、醤油に果汁を搾って刺身につけたり、魚のフライや鳥の唐揚げにレモン代わりに搾ったりするのが定番の食べ方。2007年(平成19)11月2日に地域団体商標として登録された。

出典:長門ゆずきち|萩GoChi はぎのごちそう長門ゆずきち

見蘭牛と萩むつみ豚

在来牛の血を残す牛と、食品残さを飼料に生かす豚

見蘭牛は、西洋種の影響を受けていない在来牛の見島牛と、オランダ原産のホルスタインを交配させた萩の牛。見島牛の種の保存と利用が目的で、1979年(昭和54)に民間初の第一号が誕生し、翌年に販売が始まった。萩むつみ豚は、飼料の6割を地元のエコフィード(パンくずや米ぬかなど食品残さを利用した飼料)でまかない、豚舎に近隣の製材所のおがくずを敷いて育てる。おがくずは後で堆肥にして、地域の農地に還元される。

出典:見蘭牛|萩GoChi はぎのごちそう萩むつみ豚|萩GoChi はぎのごちそう

山口あぶトマトやまぐちあぶとまと

涼しい夏を生かして育てる、酸味の少ないトマト

山口あぶトマトは、年平均気温13℃と夏でも比較的涼しい気候を生かして栽培するトマト。高い糖度と酸味の少なさで市場の評価が高く、旬は7月上旬から11月下旬にあたる。クエン酸が脂っぽさを和らげるため、肉料理と合わせると効果的とされる。

出典:山口あぶトマト|萩GoChi はぎのごちそう

小川の桃おがわのもも

袋をかけずに育てる、県内最大の桃の産地

萩市小川の平山台地区は、山口県内最大のモモの産地。袋をかけない「無袋栽培」で、太陽の光を直接浴びるため糖度が高くなり、全体に赤みを帯びた桃に育つ。主力品種は「あかつき」で、「小川サンピーチ」として7月中・下旬ごろから県内の量販店や萩市内の道の駅などに出荷される。

出典:小川桃|萩GoChi はぎのごちそう

いとこ煮

萩では澄んだ汁の冷たい汁物

県内各地にある「いとこ煮」は、甘く味付けした小豆と白玉粉のだんごを使う点が共通する一方で、味付けや材料、汁気が地域によって違う。萩市では、昆布などの出汁を醤油・塩などで整えた澄んだ汁に、小豆と白玉のほかシイタケ、かまぼこを入れた冷たい汁物に仕立てる。城下町らしい澄んだ汁が萩の持ち味とされる。

出典:中国地方 山口県|うちの郷土料理

地理的表示「萩」ちりてきひょうじ「はぎ」

萩市と阿武町の清酒が受ける国の地理的表示

2021年3月30日、萩市と阿武町にある6つの酒蔵がつくる清酒が、国の地理的表示(GI)「萩」に指定された。酒類のGIとしては中四国地方で初めての指定にあたる。約1億年前のマグマがつくった花崗岩質の大地が良質で柔らかな水を生み、阿武火山群の溶岩台地の土壌と地形、対馬暖流の影響が稲作に適している。味わいは米のふくよかな旨味と爽やかな酸味が軸とされ、産地の範囲で収穫した米と採水した水だけを使うことが基準に定められている。

出典:萩地区のお酒が『地理的表示「萩」(GI萩)』に指定されました!地理的表示「萩」(清酒)生産基準

道の駅・直売所と萩への行き方

萩市には新幹線の駅がなく、最寄りはJR新山口駅です。市内は1回100円の「まぁーるバス」が回り、道の駅には産地の品が並び、萩しーまーとは2015年に全国のモデル道の駅に認定されています。

道の駅「萩しーまーと」

「市民の台所」を掲げるモデル道の駅

萩漁港・県漁協の魚市場に隣接し、水揚げされた海産物が直接店頭に並ぶ。観光客向けのお土産市場ではなく、「市民の台所」として地元市民に支持される店づくりを心がけている。2001年(平成13)のオープンで、2015年2月に国土交通大臣から、当時全国で6か所だけだった「モデル道の駅」に認定された。低価格の魚を加工品にする「萩の地魚もったいないプロジェクト」も進めている。

出典:道の駅 ~西日本最多の7つの道の駅~

三見・福栄・片俣・旭・萩往還の道の駅

谷ごとに違う品ぞろえ

萩市西部の三見にある「萩・さんさん三見」は、特産のビワの収穫祭と、朝締めの魚を使った日本海定食が看板。福栄の「ハピネスふくえ」は、約120戸の農家が出荷する旬の野菜が早朝から並ぶ。奥阿武の片俣にある「うり坊の郷katamata」は、国道315号と県道13号の三差路で、萩と津和野の中間に位置し、猪肉定食が名物。旭の「あさひ」は、山口から萩市街までの中間にあって「萩往還の休憩処」を名乗り、伊藤博文も食べたといわれる佐々並豆腐が名物。萩市街への玄関口の「萩往還」には松陰記念館が併設されている。

出典:道の駅 ~西日本最多の7つの道の駅~萩市の概要(歴史)

センザキッチン

仙崎の食材を集めた交流拠点

長門市仙崎の交流拠点施設「センザキッチン」は、2017年(平成29)10月7日に農林水産物等直売所・レストラン棟がオープンした。長門市が「ながと成長戦略行動計画」の一環として整備した、仙崎の食材を集めた施設である。

出典:仙崎地区交流拠点施設<センザキッチン>オープン

萩への行き方

新幹線の駅はなく、新山口駅から

萩市には新幹線の駅がない。新幹線を使う場合はJR新山口駅で降り、直行バス「スーパーはぎ号」(市の案内で約60分)などで向かう。車なら、中国自動車道の美祢東JCTを経由して、無料の「小郡萩道路」の絵堂ICから約20分。空路では「萩・石見空港」を使えるが、名前と裏腹に島根県益田市にあり、正式名称は「石見空港」。愛称は、島根県西部と山口県北東部(萩市など)の空の玄関口にふさわしいものとして公募され、2002年3月に決まった。

出典:萩市への交通アクセス萩・石見空港

萩循環まぁーるバスはぎじゅんかんまぁーるばす

1回100円で市内を回る、愛称の違う2ルート

萩市役所前を発着して市内を回る循環バス。堀内・土原・山田・椿・川島方面を回る西回りは「晋作くん」、平安古・椿・橋本・浜崎・新川・上野方面を回る東回りは「松陰先生」の愛称がつき、1周はどちらもおよそ80分。運賃は中学生以上が1回100円、小学生以下は50円で、ICOCAなど全国相互利用の交通系ICカードも使える。

出典:萩循環まぁーるバスのご案内市内の交通

湯めぐり ― 長門湯本と俵山

長門湯本温泉は大寧寺の和尚が住吉明神のお告げで見つけたと伝わり、山口県で最も古いとされる温泉で、俵山温泉は内湯が少なく、共同の外湯に通う湯治場です。

大寧寺たいねいじ

湯の源をもつ寺、大内氏終焉の地

長門湯本温泉の湯本にある大寧寺は、創建当時、「西の高野」といわれるほどの隆盛を誇った寺。山口に京風の文化を根付かせた大内氏の終焉の地としても知られる。1551年、家臣・陶晴賢の謀反にあった大内義隆は、仙崎から海路で九州へ逃れようとして果たせず、大寧寺で自刃したと伝わる。境内には、義隆が池の水面に顔を映して最期を悟ったと伝わる「姿見の池」、江戸時代前期の盤石橋(山口県三奇橋の一つ)、義隆と嫡男義尊、家臣の墓が残る。墓石は宝篋印塔で、石材は萩石。大内義隆主従の墓所は、1967年に県の史跡に指定された。正式名称は「瑞雲萬歳山大寧護国禅寺」である。

出典:大寧寺大寧寺|観光スポット大内義隆主従の墓所

恩湯

神授の湯と伝わる長門湯本の元湯

長門湯本温泉の元湯「恩湯」は、約600年前、大寧寺の3代目住職・定庵殊禅が住吉大明神のお告げによって発見した「神授の湯」と伝わり、山口県で最も古い歴史をもつ温泉とされる。伝説では、禅師に仏道の奥義を授けられた住吉大明神が、恩に報いるため現在の位置に温泉を湧かせ、竜となって天へ去った。今も中心の泉源は大寧寺が所有し、高台には住吉神社が鎮座している。恩湯は2017年に公設公営での営業を終え、地元の若手らが設立した会社が引き継いで、2020年にリニューアルした。

出典:特集:大寧寺と恩湯大寧寺|観光スポット恩湯と長門湯守

湯ノベーション

温泉街をよみがえらせる長門市の計画

長門市は、長門湯本温泉の再生のため、星野リゾートと協働して「長門湯本温泉観光まちづくり計画」を策定し、2016年に公表した。副題は「地域のタカラ、地域のチカラで湯ノベーション」で、湯をリノベーション、イノベーションするという意味の造語。温泉街の中心を流れる川は、「おとずれがわ」と読む音信川。2017年から川沿いで「おとずれリバーフェスタ」などの社会実験が行われ、2018年には音信川と大寧寺川の一帯が県内初の「都市・地域再生等利用区域」に指定された。

出典:長門湯本温泉観光まちづくり計画を策定しました恩湯と長門湯守

俵山温泉

内湯が少ない、外湯に通う湯治場

長門市の俵山温泉は、湧出量の少ない良質な源泉を守るため、旅館にほとんど内湯がない。宿泊客も共同の外湯「町の湯」と「白猿の湯」に浴衣姿で通うのが昔ながらのスタイルとされる。5つの源泉があり、町の湯は原点ともいえる「町の湯源泉」の加水なし源泉かけ流し。白猿の湯は、最大の湧出量を誇る「川の湯源泉」を活用している。温泉を見つけたのは薬師如来の化身の白猿だという開湯伝説があり、この伝説をモチーフにした三猿まんじゅうも名物になっている。泉質はアルカリ性単純泉でpH9.8、歴代藩主の入湯記録が残る「殿様に愛された湯治場」である。

出典:山口県の秘湯「俵山温泉」でレトロな町並みと良質な温泉を満喫

長門の五つの温泉郷

湯本・俵山・湯免・黄波戸・油谷湾

長門市には、湯本温泉・俵山温泉・湯免温泉・黄波戸温泉・油谷湾温泉の五つの温泉郷がある。湯本は清流にホタルが舞いカジカの声が響く温泉、俵山は山間の湯治場、黄波戸と油谷湾は海を臨む温泉、湯免はのどかに効能を楽しむ温泉とされる。

出典:市の概要(長門市)

よくある質問

焼きぬきかまぼこは普通のかまぼこと何が違いますか?

一番の違いは、蒸さないことです。一般的なかまぼこは蒸して火を通しますが、焼きぬきは杉板にすり身を盛り、板の下から熱を通して焼き上げます。低い温度でじっくり焼くため、魚の鮮度が落ちていると歯切れが出ません。獲れたての魚が手に入る港町だから育った作り方だといえます。

夏みかんはなぜ萩の名産になったのですか?

仕事を失った武士たちの暮らしを立て直す策として植えられたからです。藩庁が山口へ移り、明治になって士族が給禄を返上して苦境に立つなか、小幡高政が苗木を配りました。やがて収益が町の財政をしのぐほどに育ち、城下の土塀の内側は夏みかんの畑に変わりました。

萩へ新幹線で行くにはどの駅で降りますか?

新山口駅です。萩市には新幹線の駅がありません。新山口駅からは直行バスで約60分、車なら無料の小郡萩道路を絵堂ICで降りて約20分と、市が案内しています。空路の萩・石見空港は島根県益田市にあり、萩市内ではない点に気をつけてください。

俵山温泉になぜ内湯が少ないのですか?

湧出量の少ない良質な源泉を守るため、旅館にはほとんど内湯を設けず、共同の外湯に通うのが昔ながらの形だからです。外湯は町の湯と白猿の湯の二つで、宿泊客も浴衣で通います。泉質はpH9.8のアルカリ性単純泉で、町の湯では加水なしの源泉かけ流しが続いています。

出典・参考

※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。

執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記 / 編集・出典ポリシー

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