三英傑と名古屋 ── 信長・秀吉・家康を生んだ尾張

天下統一を成し遂げた三人の英雄、信長・秀吉・家康。その全員が、尾張すなわち今の名古屋ゆかりの地から世に出ました。
城下や合戦の舞台、ゆかりの社寺が、いまも市内のあちこちに残ります。
ここでは三英傑と名古屋を結ぶキーワードから、その物語をたどります。
三英傑と尾張を結ぶ物語
織田信長おだのぶなが
尾張の戦国大名で、若き日は那古野城などを拠点に勢力を広げた。桶狭間の戦いで今川義元を破って頭角を現し、天下統一の道を切り開いた。「うつけ」と呼ばれた青年期から名古屋ゆかりの逸話が多く語り継がれる。
豊臣秀吉とよとみひでよし
今の中村区あたりに生まれたと伝わり、足軽から身を起こして関白・太政大臣にまで上り詰めた立志伝の人。生誕地とされる一帯には豊国神社が建ち、中村公園として整備されている。出世の象徴として名古屋の誇りとされる。
徳川家康とくがわいえやす
三河の生まれだが、尾張に名古屋城を築いて九男義直を初代尾張藩主に据え、御三家筆頭の尾張徳川家を興した。これにより名古屋は六十二万石の城下町として発展する基礎を得た。名古屋の都市づくりの礎を築いた人物。
那古野なごや
後の名古屋城の地にあった城で、若き信長が一時拠点とした。「なごや」「なごの」と読み、名古屋という地名の源流にあたる。城下の発展とともに役割を終えたが、信長の青年期を語るうえで欠かせない地。
桶狭間おけはざま
永禄3年(1560年)、信長が大軍の今川義元を奇襲で破った戦いの舞台。緑区から豊明市にかけての一帯とされ、古戦場跡が史跡として残る。少数で大勢を覆した逆転劇として、信長の名を一気に高めた合戦。
よくある質問
三英傑のうち、名古屋で生まれたのは誰ですか?
信長は尾張(現在の愛知県西部)、秀吉は今の中村区あたりの生まれと伝わります。家康は三河(愛知県東部)の生まれで、厳密には名古屋の出ではありませんが、名古屋城を築いた点で深く結びついています。
三英傑ゆかりの地をめぐるならどこから回るのがよい?
秀吉生誕地とされる中村公園、信長飛躍の桶狭間古戦場、家康が築いた名古屋城を結ぶと、三人の物語を地理でたどれます。秋なら名古屋まつりの英傑行列も見どころです。