Q1. 福岡・博多の名産品として知られる、スケトウダラの卵をとうがらしで漬けた食品は?
- 数の子
- 辛子明太子
- いくら
- とびこ
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正解辛子明太子
辛子明太子はスケトウダラの卵巣を唐辛子入りの調味液で漬け込んだ食品。朝鮮半島の食文化にルーツをもち、戦後の博多で日本人の口に合う味に仕立て直されて名物となった。ごはんの供から土産物まで、いまや博多の食を代表する存在である。

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まずは、博多の名刺代わりの10問。豚骨ラーメンの街の食卓、7月に街を駆ける祭り、志賀島から出た国宝——旅行者でも一度は耳にする顔ぶれを、半歩だけ踏み込んで尋ねます。博多どんたくや博多弁も顔を出します。全問正解なら、初めての福岡・博多案内はもう任せられる水準。答えを開けば、解説と出典で「なぜ」まで確かめられます。
正解辛子明太子
辛子明太子はスケトウダラの卵巣を唐辛子入りの調味液で漬け込んだ食品。朝鮮半島の食文化にルーツをもち、戦後の博多で日本人の口に合う味に仕立て直されて名物となった。ごはんの供から土産物まで、いまや博多の食を代表する存在である。
正解博多祇園山笠
博多祇園山笠は、博多の総鎮守に山笠を奉納する、夏の博多を彩る祭り。国の重要無形民俗文化財であり、2016年には「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコ無形文化遺産にも登録された。起源は鎌倉時代の疫病退散の祈祷に求める説が知られる。
正解屋台
福岡市は全国の屋台のおよそ4割が集まるとされる、日本一の屋台の街。夕方になると中洲や天神、長浜の路上に屋台が組み立てられ、ラーメンやおでん、焼き鳥を肩を寄せて味わう。2013年には全国初の屋台基本条例が制定され、街の資産として守られている。
正解博多川
中洲は、川に挟まれた全長約1kmの中州に広がる歓楽街で、博多川もその川の一つ。西日本一とも呼ばれる規模で、夜には川面にネオンがきらめく。地名は文字どおり川の中州という地形に由来し、博多部と福岡部のあいだという立地が繁栄を支えてきた。
正解福岡タワー
福岡タワーは、海浜タワーとしては日本一の高さを誇る。1989年のアジア太平洋博覧会「よかトピア」にあわせて建てられた。約8,000枚のハーフミラーで覆われた三角柱の塔で、展望室からは博多湾と市街地を一望できる。
正解金印
「漢委奴国王」と刻まれた金印は、江戸時代に福岡市内で発見されたと伝わる国宝。『後漢書』に見える、西暦57年に後漢の光武帝が倭の奴国王に授けた印とするのが定説で、一辺約2.3cmの小さな金塊が、古代の博多が大陸との接点だったことを物語る。
正解〜けん
博多弁の「〜けん」は理由を表す「〜だから」にあたる言い回しで、「好いとうけん(好きだから)」のように文末に付く。強調の「ばり」などとともに、日常会話の隅々まで生きている。柔らかな響きが博多弁の親しみやすさを象徴する語尾である。
正解○(正しい)
聖福寺は建久6年(1195)、宋から帰った栄西が博多に開いた寺で、日本最初の本格的な禅寺と伝わる。山門には「扶桑最初禅窟」の扁額を掲げ、境内は国の史跡。禅をはじめとする大陸の文化が、まず博多に上陸したことを示す場所である。
正解○(正しい)
「どんたく」の語源は、休日を意味するオランダ語 zondag と伝わる。起源は1179年に始まったと伝えられる正月の祝賀行事「博多松囃子」で、明治期に「どんたく」の名が定着した。ゴールデンウィーク期間中、博多を代表する人出でにぎわう祭りである。
正解○(正しい)
元寇(蒙古襲来)の後、元軍の再襲来に備えて博多湾岸およそ20kmにわたり石垣が築かれた。弘安の役では元軍の上陸を阻む効果を上げたとされる。生の松原などに遺構が残り、国の史跡に指定されている。
ここからは、住んでいる人でも意見が割れる15問。福岡藩を開いた藩主の名、市を構成する区の数、難読地名の読み——「聞いたことはあるが、正確には言えない」領域に入ります。祭りと寺社、うどんやさばの食文化まで、博多の生活圏をひと回り。歴史の問いには年号の手がかりを添えました。迷ったら、商人の町・博多と城下町・福岡という二つの顔を思い出すと、筋道が見えてきます。
正解きゅうり
博多祇園山笠の期間中、山笠関係者はきゅうりを食べることを避ける風習がある。きゅうりの切り口が、山笠の舞台となる櫛田神社の神紋(木瓜紋)に似ているためと言われる。
正解7区
福岡市は1972年に政令指定都市へ移行した際は5区だったが、1982年の区再編を経て現在は7区体制になっている。「博多区」という区名には、明治期に市名を巡って争った「福岡」対「博多」の歴史がしのばれる。
正解筥崎宮
筥崎宮の楼門に掲げられた「敵国降伏」の扁額は、元寇の際の亀山上皇の宸筆と伝わる文字を写したものとされる。勝運の神として、地元球団の必勝祈願でも知られる古社である。
正解福岡大仏
東長寺は大同元年(806)、唐から帰国した空海が開いたと伝わる、弘法大師創建としては日本最古とされる寺。本尊の福岡大仏は巨大な木造の釈迦如来坐像で、平成に建てられた朱塗りの五重塔とともに、博多旧市街の象徴になっている。
正解博多人形
博多人形は素焼きの土に彩色を施した人形。慶長5年(1600)ごろ、福岡城築城の折に瓦師・正木宗七が献上した人形が起源と伝わる。1900年のパリ万国博覧会への出品などを機に海外にも知られ、1976年には国の伝統的工芸品に指定された。
正解能古島
能古島は博多湾に浮かぶ周囲約12kmの島で、行政上は福岡市西区に属する。姪浜の渡船場からフェリーでおよそ10分と近く、都会の目と鼻の先で島の自然が味わえる。島北部の公園に広がる菜の花やコスモス畑は、近年SNSでも人気の写真スポットとして知られる。
出典:能古島 - Wikipediaのこのしまアイランドパーク
正解西鉄福岡(天神)駅
西鉄福岡(天神)駅は天神大牟田線の起点で、商業施設に直結した頭端式ホームをもつターミナル。西鉄の駅では利用者が最も多く、大牟田方面へ向かう特急・急行がここから発車する。天神が「買い物の街」であり続ける土台を支える駅である。
正解博多うどん
博多のうどんは、コシを求めないやわらかな麺と、あごなどでとった透きとおるつゆが持ち味で、定番の具はごぼう天。せっかちな商人がすぐ食べられるよう麺をゆで置いたのが始まりともいわれ、そのやわらかさは商人の町の記憶でもある。
正解放生会
放生会(ほうじょうや)は「万物の生命をいつくしみ、殺生を戒める」神事で、筥崎宮では毎年9月12日から18日に行われる。参道に約500軒の露店が並ぶ九州随一の秋祭りで、名物の新生姜や、ガラス玩具の「ちゃんぽん」でも知られる。
正解福岡国際センター
大相撲の一年を締めくくる九州場所は、1957年に本場所となり、1981年からは博多港近くの福岡国際センターを会場としてきた。場所入りした力士が街を行き交う姿は、初冬の博多の風物詩になっている。
正解とっとっと?
「とっとっと?」は「(席などを)取っているの?」の意。博多弁では「〜している」を表す「〜とる」と、疑問の「〜と?」が連なって、この軽やかな音が生まれる。語感の面白さから、博多弁の代名詞として全国に知られる言い回しになった。
正解めいのはま
「姪浜」は「めいのはま」と読む。福岡市西区の地名で、市営地下鉄空港線の西の起点・姪浜駅がある。かつては唐津街道の宿場町、漁師町として栄え、旧街道沿いには往時の面影が残る。渡船場からは博多湾の島へ渡る船も出ている。
正解一蘭
一蘭は、周りを気にせず一杯のラーメンに集中できる「味集中カウンター」で知られる福岡発祥のとんこつラーメンチェーン。1993年開店の那の川店を一号店とし、5号店目の博多店で仕切り板が導入されて今の形になった。今では海外にも店舗を広げ、その独特の座席は「元祖フィジカルディスタンス」としてメディアやSNSでもたびたび話題になる。
正解約160万人
福岡市の人口は約160万人で、市町村としては全国5位の規模。1972年の政令指定都市移行のころから一貫して増え続け、九州最大の都市として企業や学生を引き寄せている。「人が増え続ける大都市」は、全国でも数少ない。
正解ごまさば
ごまさばは、新鮮なまさばの刺身をすりごまと醤油ベースのたれで和えた博多の郷土料理。玄界灘の好漁場が近く、鮮度のよいさばが手に入る土地ならではの生食文化で、居酒屋の定番。ご飯にのせ、番茶をかけて茶漬けにしても美味い。
仕上げは、博多通を名乗る前の関門となる15問。山笠のクライマックスの呼び名、明太子を博多に根づかせた人物、「福岡」という市名のふるさと——本で言えば脚注にあたる知識を問います。秀吉の町割から戦後の食文化まで、時間の物差しは800年に及びます。複数選択や並べ替えも交じるので、断片の知識を年表の上でつなぎ直す力が試されます。ここを越えれば、本番の検定でも上位の称号が見えてきます。
正解追い山
追い山は山笠のクライマックス。7月15日午前4時59分、大太鼓の合図で一番山笠が櫛田神社に舁き入れられ、「祝いめでた」の合唱ののち博多の街へ飛び出していく。各流は約5kmのコースを30分前後で駆け抜け、その所要時間が計測・記録される。
正解太閤町割
戦国の戦乱で博多の町は焼け野原となっていた。九州平定を果たした豊臣秀吉は1587年ごろ、荒廃した博多を碁盤目状の区画で復興させる町割を行わせた。これが太閤町割で、現在の博多部の街路にもその骨格が受け継がれていると伝わる。
正解承天寺
承天寺は仁治3年(1242)、宋から帰国した円爾(聖一国師)を開山に建てられた禅寺。円爾が持ち帰った製粉技術にちなみ、境内には「饂飩蕎麦発祥之地」の碑が立つ。山笠の起源を円爾の疫病退散の祈祷に求める説でも知られ、博多文化の源流というべき寺である。
正解川原俊夫
ふくや創業者の川原俊夫は釜山生まれ。戦後、博多の中洲市場で店を開き、1949年に辛子明太子の第1号を売り出した。製法の特許を取らず、同業者にも作り方を教えたことで明太子は博多全体の名物に育った、と語り継がれている。
正解七隈線
七隈線は2005年に開業した福岡市地下鉄3番目の路線で、リニアモーター式の小型地下鉄を採用する。橋本〜天神南間で開業し、2023年に博多駅まで延伸された。西南部の住宅地と都心が一本で結ばれ、沿線の風景を変えつつある。
正解海の中道
海の中道は玄界灘と博多湾を分ける全長約8kmの砂州で、その先に志賀島が連なる。志賀島が「陸繋島」と呼ばれるのは、この砂州で本土とつながっているため。砂州の上には国営海の中道海浜公園が広がり、市民の行楽地になっている。
正解かしい
「香椎」は「かしい」と読む福岡市東区の地名。仲哀天皇と神功皇后を祀る香椎宮に由来し、古代には「香椎廟」と呼ばれて朝廷の崇敬を受けた。今も10年ごとに天皇の使い(勅使)が遣わされる勅祭社であり、地名の背後に古代史が横たわる。
正解博多座
博多座は1999年に開場した九州最大級の演劇専用劇場。歌舞伎やミュージカル、月替わりの商業演劇が上演される。6月の「博多座大歌舞伎」では、出演役者が船で博多川を下る「船乗り込み」が催され、初夏の博多の風物詩になっている。
正解備前福岡
市名「福岡」は、黒田氏ゆかりの備前国の地名「福岡」(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)にちなむとされる。黒田長政が新しい城と城下に先祖の地の名を与え、商人の町・博多の対岸に武士の町・福岡が生まれた。一つの都市に二つの名が併存する由来である。
正解那珂川
江戸時代、那珂川を境に東は商人の町・博多、西は黒田氏の城下町・福岡と、性格の異なる二つの町が並び立っていた。1890年には市名を「博多」に改めるかを巡って市会が紛糾し、採決は同数の末、議長裁決で「福岡市」に決した。川一本が今も残す、都市の二重性である。
正解百道浜
百道浜(ももちはま)は福岡市早良区の埋立地区。1989年にはアジア太平洋博覧会「よかトピア」の会場となり、それにあわせて建てられた福岡タワーを中心に、博物館や図書館が集まるシーサイドの新都心へと発展した。
正解神屋宗湛
神屋宗湛は安土桃山期の博多の豪商・茶人で、島井宗室・大賀宗九とともに「博多三傑」と称される。秀吉の博多復興を支え、その茶会に列なるなど中央の権力者とも深く交わった。茶会の記録『宗湛日記』は茶の湯史の一級史料として名高い。
正解おきゅうと
おきゅうとは、海藻のえごのりなどを煮溶かして小判形に固めた博多の郷土食。短冊に切り、かつお節とねぎ、しょうゆで食べる。戦前から売り子が朝の町を売り歩いたといわれ、博多の朝食文化を代表するひと品として今も親しまれている。
正解博多織/博多人形/博多にわか
博多にわかは、半円形の目隠し面「にわか面」を着け、博多弁の掛け合いの最後を地口の「オチ」で締める即興の笑いの芸。福岡市の無形民俗文化財に指定されている。博多織・博多人形と並び、笑いもまた博多が育てた文化である。
正解文永の役 → 弘安の役 → 太閤町割 → 福岡城築城開始
文永の役(1274)→弘安の役(1281)→太閤町割(1587年ごろ)→福岡城築城開始(1601)の順。二度の蒙古襲来から約300年、戦乱で焼けた博多を秀吉が復興し、その後に黒田氏の城下町・福岡が誕生する。湾岸の歴史は防衛・復興・築城の順に積み重なっている。