横浜開港と日本初 ── 鉄道・ガス灯・近代水道はなぜ横浜から?

最終更新: 2026-06-21

横浜開港を描いた架空のドット絵風景

1859年(安政6年)の開港で、横浜は海外に開かれた日本の玄関口になりました。人と物、そして新しい技術や文化が行き交い、ここから「日本で初めて」の数々が生まれます。開港の経緯と、横浜が生んだ近代の先駆けをたどってみましょう。

横浜は、もともと小さな村でした。開港をきっかけに、わずか数十年で日本を代表する貿易都市へと変わります。

鉄道、ガス灯近代水道日刊新聞……。横浜には「日本で最初」とされるものが驚くほど多く残っています。

開港のあらまし

横浜開港よこはまかいこう

1859年(安政6年)

日米修好通商条約などにもとづき、1859年に横浜・長崎・箱館などが開かれ、外国との自由貿易が始まりました。小さな漁村だった横浜は、ここを起点に日本を代表する貿易港へと歩み始めます。

出典:横浜市「横浜港の歴史(横浜港の開港)」

寒村からの出発

神奈川宿と横浜村

条約で開く港は東海道の「神奈川」とされましたが、幕府は人通りの多い宿場を避け、対岸の寒村・横浜村に開港場を設けました。輸出の中心は生糸や茶で、これが関内・関外の街へと発展していきます。

出典:横浜市「横浜港の歴史(開港と貿易)」

横浜が生んだ「日本初」

日本初の鉄道

1872年/新橋〜横浜

1872年(明治5年)、新橋と横浜の間に日本で初めての鉄道が開業しました。開業時の終着「横浜駅」は、現在の桜木町駅の場所にあたります。

出典:横浜市「横浜市のあゆみ(略年表)」

ガス灯がすとう

1872年/馬車道ほか

1872年、馬車道や本町通りに日本で初めてのガス灯がともりました。馬車道には、ガス灯発祥を伝える記念碑が今も立っています。

出典:馬車道商店街 公式「馬車道の歴史」

近代水道きんだいすいどう

1887年

1887年(明治20年)、イギリス人技師パーマーの指導で、横浜に日本初の近代水道が引かれました。横浜市水道局は10月17日を近代水道創設記念日としています。

出典:横浜市水道局「近代水道創設記念日」

日刊新聞にっかんしんぶん

1871年/横浜毎日新聞

1871年、日本で最初の日本語の日刊新聞『横浜毎日新聞』が横浜で生まれました。洋紙の両面に刷られた、当時としては画期的なつくりの新聞でした。

出典:横浜開港資料館 企画展「日刊新聞、誕生ス」

日本初の洋式公園

1870年/山手公園

1870年、居留外国人の手で山手公園が開かれました。日本で最初の洋式公園とされ、外国人が休日を過ごす憩いの場として親しまれました。

出典:横浜市「山手公園(日本最初の洋式公園)」

よくある質問

横浜の開港記念日はいつですか?

6月2日です。これにちなみ、横浜市立の小・中・高校はこの日が休業になるのが横浜ならではの習わしです。

近代の足あとを半日で巡るおすすめの順路は?

関内駅や馬車道駅を起点に、馬車道から桜木町、山手へと歩くのがおすすめ。途中に説明板や記念碑が点在し、無理なくまわれます。

なぜ横浜にこれほど「日本初」が多いのですか?

海外の人・技術・文化が最初に入る玄関口になったためです。新しい仕組みの多くが、まず横浜で試されました。

開港の歴史を学べる施設はありますか?

横浜開港資料館や横浜都市発展記念館があり、当時の資料や写真から開港期のまちの様子を知ることができます。

出典・参考

※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。

執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記

この記事の誤り・修正を報告