山手西洋館と外国人居留地 ── 横浜の丘に残る洋館をめぐる

最終更新: 2026-06-21

外交官の家を描いた架空のドット絵風景

横浜・山手の丘は、開港後に外国人が暮らした居留地でした。今もその名残として、いくつもの西洋館が公開され、無料で見学できます。建てた人や建築家の物語とともに、丘の洋館をめぐってみましょう。

山手の西洋館は、住んだ人も、建てた建築家も、様式もさまざまです。

それぞれの個性を知ると、丘を歩くだけで近代横浜の国際色が見えてきます。

代表的な西洋館

外交官の家がいこうかんのいえ

1910年築/重要文化財

明治の外交官・内田定槌(さだつち)の邸宅として東京に建てられ、のちに山手へ移されました。アメリカン・ヴィクトリアン様式で、国の重要文化財に指定されています。

出典:外交官の家 公式(横浜市緑の協会)「施設概要」

ベーリック・ホール

1930年築/スパニッシュ様式

イギリス人貿易商の邸宅として建てられた、戦前の山手西洋館で最大級の館です。建築家J.H.モーガンの設計で、スパニッシュスタイルの装飾が見どころです。

出典:ベーリック・ホール 公式(横浜市緑の協会)「施設概要」

エリスマン邸

1926年築/生糸貿易商の私邸

生糸貿易にたずさわったスイス系の商人の私邸でした。「近代建築の父」とも称される建築家アントニン・レーモンドの設計で、簡潔で居心地のよい空間が特徴で、現在の建物は1990年に元町公園内へ再現されたものです。

出典:エリスマン邸 公式(横浜市緑の協会)「施設概要」

丘の上の文化

テニス発祥の地

山手公園

居留外国人が山手公園にコートを設け、日本で初めてローンテニスが行われたと伝わります。園内には「テニス発祥記念館」があり、当時の道具などを見られます。

出典:横浜市観光情報「横浜山手・テニス発祥記念館」

港の見える丘公園みなとのみえるおかこうえん

山手の高台の展望公園

山手の高台にあり、横浜港やベイブリッジを一望できる公園です。かつてフランスやイギリスの軍が駐屯した一帯で、バラ園や文学館も整い、散策の起点になります。

出典:横浜市「港の見える丘公園」

よくある質問

山手西洋館は見学にお金がかかりますか?

代表的な館の多くは入館無料で公開されています。季節の装飾やイベントが行われることもあり、気軽に立ち寄れます。

西洋館はどう回ると効率的ですか?

元町・中華街駅や石川町駅から丘を上がり、イタリア山庭園側と港の見える丘公園側に分けて歩くと、無理なく複数の館をめぐれます。

なぜ山手に西洋館が集まっているのですか?

開港後、山手の丘が外国人の住宅地(居留地)になったためです。その名残として洋館や外国人墓地、教会などが残りました。

館ごとの違いはどこを見ればよいですか?

建てた人の職業や出身、建築家、様式に注目すると違いが分かります。ヴィクトリアン様式やスパニッシュ様式など、外観の個性を見比べてみてください。

出典・参考

※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。

執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記

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