Q1.岐阜県は大きく「美濃地方」と「飛騨地方」に分けられるが、高山市はどちらに含まれるか。
- 美濃地方
- 飛騨地方
- 伊勢地方
- 信濃地方
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正解飛騨地方
岐阜県は南部の美濃地方と北部の飛騨地方に大きく分けられ、高山市は飛騨地方のほぼ中央に位置する中心都市である。旧美濃国と旧飛騨国という異なる律令国の系譜を引く区分で、山地に隔てられた飛騨側は方言や気候も美濃側とはっきり異なる色合いを持つ。

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最終更新: 2026-09-21
飛騨高山は、岐阜県の北端で四つの県と接する山あいの町。街を一歩歩けば目に入る顔ぶれを、10問にまとめました。春秋で名前を変える高山祭、綱方が操るからくり人形、飛騨牛と朴葉味噌の食卓、赤い顔のさるぼぼ、二階建てゴンドラで昇る北アルプス、そして白川郷の合掌造りが世界に認められた出来事。すらすら解けたなら、飛騨路の入口はもう十分に見えているはずです。答え合わせのたびに、出典まで一緒に確かめてください。
正解飛騨地方
岐阜県は南部の美濃地方と北部の飛騨地方に大きく分けられ、高山市は飛騨地方のほぼ中央に位置する中心都市である。旧美濃国と旧飛騨国という異なる律令国の系譜を引く区分で、山地に隔てられた飛騨側は方言や気候も美濃側とはっきり異なる色合いを持つ。
正解高山濃飛バスセンター
高山濃飛バスセンターは、市内を巡回するバス路線に加え、新穂高や白川郷方面への路線バス、名古屋・大阪など主要都市への高速バスも発着する、飛騨高山観光の交通の起点である。JR高山駅とほぼ隣接しており、乗り換えの負担が少ない立地も観光客に重宝されている。
正解岐阜県が定める一定の基準を満たした黒毛和種などの牛
飛騨牛は、飛騨牛銘柄推進協議会が定める基準を満たした黒毛和種などの牛に付けられる岐阜県のブランド牛である。岐阜県内で最も長く飼養されたことなど複数の条件を満たした牛だけが名乗れる、飼育実績を重視した仕組みになっている。
正解朴(ほお)の木の葉の上にみそを乗せて焼く
朴葉味噌は、大きな朴の葉の上に自家製のこうじ味噌を乗せて焼く郷土料理で、山仕事の労働者が葉を皿代わりに使ったのが始まりとされる。長野・岐阜の山間部に共通する保存食の知恵から生まれ、現在は高山の旅館や飲食店でも定番の一品として供される。
正解○(正しい)
高山市は内陸性の気候で、気象庁の観測でも1月の平均気温が氷点下、8月は24℃前後と、夏冬の気温差が大きいことが分かる。盆地特有の底冷えと放射冷却も加わり、朝晩と日中の一日の気温差も他の平野部の都市より大きくなりやすい。
正解春は山王祭、秋は八幡祭
高山祭は、春の例祭「山王祭」と秋の例祭「八幡祭」を合わせた総称で、それぞれ日枝神社と桜山八幡宮という別の神社が執り行う。同じ「高山祭」の名で呼ばれながら、担う神社も曳き出される屋台も異なる、実質的に別々の祭礼である。
出典:飛騨高山のお祭りの保存会『高山屋台保存会』|春の高山祭秋の高山祭(八幡祭)|観光スポット|岐阜県観光公式サイト「岐阜の旅ガイド」
正解からくり奉納(からくり人形)
高山祭では、屋台の上でからくり人形が数十本の綱を操る綱方の技によって、巧みな動きを披露する「からくり奉納」が大きな見どころとなっている。人形一体を操るのに複数人の綱方が息を合わせる必要があり、江戸期からの伝統技法が今も継承されている。
正解赤い顔をした、猿をモチーフにした人形(郷土玩具)
さるぼぼは、赤い顔をした猿をモチーフにした郷土玩具で、高山の代表的なお土産物として親しまれている。顔や表情を描かないのっぺりとした造形が特徴で、誰の願いも自由に映せる存在として古くから飛騨の家庭に伝わってきた。
出典:飛騨のさるぼぼ|高山市
正解日本で唯一の2階建てゴンドラを使用している
新穂高ロープウェイは日本で唯一の2階建てゴンドラを使用していることで知られ、多くの乗客がゆったりと空中散歩を楽しめる人気の観光名所となっている。第2ロープウェイは高低差も大きく、山麓と標高2,000mを超える山頂駅を一気に結ぶ設計になっている。
正解1995年
白川郷・五箇山の合掌造り集落は1995年に世界文化遺産へ登録された。日本の民家としては初めての世界遺産登録で、急勾配の茅葺き屋根が連なる独特の景観が、雪深い山村での暮らしの知恵として国際的に高く評価された。
出典:Historic Villages of Shirakawa-go and Gokayama|UNESCO世界遺産|白川村
続く15問は、飛騨高山に暮らす人でも即答をためらう領域に踏み込みます。市域が丸ごと東京都に匹敵するという面積の規模感、県境を越えると名前を変える川、新宿まで乗り換えなしで結ぶ夜行バス、地元で「中華そば」と呼ばれる醤油ラーメン、飛騨弁で交わされる労いの言葉、標高差2,750mという市内の高低差、そして合掌造りという名の由来。観光パンフレットの一歩先、暮らしの中の飛騨高山を問う15問です。地図と方言、どちらの手がかりも侮れません。
正解東京都
東京都が正解です。高山市の面積は東京都全体にほぼ匹敵する広さがあります。2005年に旧高山市が周辺9町村と合併したことで、単独の市としては日本一面積の広い市になりました。人口は東京都のわずか1%程度で、広い市域に人が薄く広がって住んでいます。
出典:高山市の概要
正解宮川
宮川が正解です。高山盆地を流れる宮川は北へ向かい、富山県の猪谷付近で高原川と合流して神通川に名前を変えます。同じ川でも県境をまたぐと呼び名が変わるのは、上流と下流で別々の地域が管理・命名してきた歴史を反映している。
出典:神通川
正解高速バス
高速バスが正解です。濃飛バスと京王電鉄バスが共同運行する「高山・平湯温泉~新宿線」で、高山市内からバスタ新宿まで乗り換えなしで行けます。片道約303kmを結ぶこの路線は、山あいの高山と首都圏を直結する数少ない交通手段のひとつになっている。
出典:高山・平湯温泉~新宿線
正解醤油
醤油が正解です。鶏ガラや魚介などでとった出汁に醤油を合わせた、さっぱりとした醤油スープが特徴です。地元では「中華そば」と呼ばれることが多く、観光地化する前から市民の日常食として根付いてきた経緯がある。
正解5個
5個が正解です。一般的な甘い「みたらし団子」とは異なり、醤油だれをつけて炙る保存食由来の軽食で、串に5個刺すのが基本とされています。高山では発音も濁って「みだらしだんご」と呼ばれ、朝市や街歩きのおやつとして親しまれている。
出典:みだらしだんご
正解イチイ
一位一刀彫は、イチイの木を主な材料とする高山の伝統工芸です。イチイは緻密で粘りのある木質を持ち、細かな彫りにも耐えることから彫刻材として重用されてきた。飛騨の匠の技を受け継ぐ職人によって、干支や仏像などの縁起物が作られている。
出典:一位一刀彫|高山市
正解江名子バンドリ
江名子バンドリが正解です。わらで作られた背負い用の防寒具で、正月最後の市「二十四日市」などでも古くから売られてきた飛騨の暮らしの道具です。高山市江名子町で作られてきたことが名の由来で、雪深い冬の野良仕事や荷運びに欠かせない実用品だった。
正解日枝神社
日枝神社が正解です。日枝神社の例祭が山王祭です。「八幡祭」を執り行うのは別の神社です。日枝神社は高山城の鬼門を守る位置に鎮座するとされ、金森氏の時代から城下町の安泰を祈る役割を担ってきた。
出典:高山祭屋台
正解桜山八幡宮
桜山八幡宮が正解です。桜山八幡宮の例祭が八幡祭です。「山王祭」を執り行うのは別の神社です。境内には高山祭屋台会館が併設され、実際に曳き出される屋台の一部を年間通じて見学できる貴重な場所になっている。
出典:高山祭屋台
正解疲れた
「疲れた」が正解です。飛騨弁の「えらい(えれえ)」は、標準語の「偉い」とは異なり「疲れた」「くたびれた」という意味で使われます。東海地方や近畿の一部にも似た用法が残り、労働のあとに交わされる日常的なねぎらいの言葉として使われている。
出典:飛騨弁
正解約2,750m
約2,750mが正解です。高山市は日本一の面積を持つ広大な山岳地域を抱えており、市内だけで標高差が約2,750mにも達します。同じ市内に盆地の市街地と3,000m級の北アルプスが共存しており、気候や生活文化にも大きな地域差を生んでいる。
出典:高山市の概要
正解約305cm
高山観測所の1991〜2020年平年値では、年降雪の深さ合計は305cmです。市内でも荘川地域は特別豪雪地帯に指定されており、中心部よりさらに雪が多い年が珍しくないなど、市域内でも降雪量に大きな差がある。
正解約7倍
約7倍が正解です。2019年の外国人延べ宿泊者数は、市の人口規模と比べて突出した数字にのぼりました。人口8万人ほどの山あいの都市に、年間60万人を超える外国人が宿泊するという、地方都市としては際立ったインバウンド需要を示している。
正解両手を合わせた形
「合掌」は両手を合わせる姿を指し、急勾配の屋根の骨組みがその形に見えることから名付けられた。豪雪地帯で雪を滑らせやすい形状であると同時に、屋根裏を広く確保して養蚕の作業場にも使えるという、暮らしの知恵が形に表れている。
出典:合掌造りとは|白川村
正解売らない/貸さない/壊さない
保存の三原則は「売らない・貸さない・壊さない」。地域で暮らしながら景観を守る考え方である。行政の力だけでなく、住民自身が合掌造りの家に実際に住み続けることを前提とした自治の取り組みとして、世界遺産登録前から続けられてきた。
仕上げの15問は、飛騨高山通を名乗る前の関門です。江戸時代の代官所建物が全国でただ一棟だけ残る史跡、隣り合う二軒の町家が実は30年近く歳の離れた建築である事情、都へ木工技術者を送る特例が課された飛騨国だけの税制、奥飛騨の地層に眠る4億年前の化石、位山の分水嶺が二つの海へ水を分ける仕組み、そしてドイツ人建築家が1935年に白川郷を訪れた記録。土蔵や酒蔵、山あいの温泉地まで、案内書の外側にある知識を束ねた15問です。ここまで解ければ、本番の検定でも高位の称号が現実的な目標になります。
正解2間半(約4.5m)の大床と青海波模様
御役所の玄関の間には、10万石格を示す2間半の大床と青海波模様が設けられており、代官・郡代役所としての格式を表している。実際の飛騨国の石高は10万石に及ばないが、格式だけを別格に整えることで、幕府直轄地としての威光を示す狙いがあったとされる。
正解建物が現存する全国唯一の代官所・郡代役所である
高山陣屋は、江戸時代に全国50カ所余りにあった代官所・郡代役所のうち、建物が現存する全国唯一の史跡とされる。明治以降に多くが取り壊された中で解体を免れ、岐阜県による3段階の復元整備事業を経て現在の姿が整えられた。
正解明治12年(1879)・川尻治助
日下部家住宅主屋は明治12年(1879)、飛騨の名工・川尻治助によって建てられた。整然としながら躍動美のある梁組が特徴である。もとの建物は明治初期の大火で焼失しており、現在の主屋はその直後に飛騨の匠の技を結集して再建されたものである。
正解日下部家より約30年後の明治40年(1907)に建てられた
吉島家住宅主屋は明治40年(1907)の建築で、隣接する日下部家住宅より約30年後にあたる。吹抜け部分に組まれた梁と小屋組が見事で、洗練された町家の手法を示す。同じ町並みに並ぶ2軒でも建築年代が異なるため、飛騨の町家建築の様式の変化を見比べられる貴重な組み合わせになっている。
正解1か国(飛騨国のみ)
飛騨国は、この税制上の特例(斐陀国条)が適用された全国唯一の令制国だった。他国は租・庸・調を通常どおり負担したが、飛騨国のみ、その税負担の一部を木工技術者の派遣という現物労働で代替した。裏を返せば、それだけ飛騨の木工技術が朝廷に高く評価されていたことを示す制度でもある。
出典:飛騨匠の技・こころ
正解高山の代表的な商家の土蔵をそのまま展示場として利用している
飛騨高山まちの博物館は、高山の代表的な商家が使っていた土蔵をそのまま展示場として活用している点が特徴で、高山の歴史と文化を紹介する資料を収蔵する。土蔵特有の厚い壁と小さな窓は火災や盗難への備えとして作られたもので、建物自体も歴史資料の一部になっている。
出典:飛騨高山まちの博物館
正解白い老猿が湯に入って傷を治すのを見て人々が入浴するようになった
江戸時代末期の文献「平湯温泉記」には、武田家臣の軍勢が毒霧で動けなくなった際、白い老猿が湯に入って足を治し飛び去るのを見た者たちが競って湯に入り元気を取り戻した、という伝説が記されている。
出典:奥飛騨温泉郷 平湯温泉
正解ハチノスサンゴなど、約4億年前のデボン紀を示す化石
福地温泉周辺の福地層は日本におけるデボン紀層を代表する地層で、ハチノスサンゴなど約4億年前のデボン紀を示す化石が見つかることで知られる。「福地化石館」ではこれらの化石を紹介している。日本国内で確認された最古級の化石のひとつとされ、山あいの温泉地が地質学的にも注目される理由になっている。
正解鬼も退治できるほどの辛口の酒であることと、人の中の悪い心を取り除くという意味
「鬼ころし」には、鬼も退治できるほどの辛口の日本酒であることと、人間に潜む悪い心を取り除くという2つの意味が込められていると伝わる。同様の銘柄名は全国の酒蔵にも見られるが、高山の蔵ではこの辛口酒が代表銘柄として長く親しまれてきた。
出典:会社概要
正解宮川と飛騨川
位山は、宮川と飛騨川を分ける「位山分水嶺」の山とされている。飛騨一宮水無神社の神体としても崇められる霊山である。分水嶺の北側に降った雨は宮川から神通川へ、南側に降った雨は飛騨川から木曽川へ流れ、日本海側と太平洋側に分かれて注ぐ。
出典:位山
正解イチイの木を使う/彫刻刀だけで仕上げる/木の色や木目を生かす
一位一刀彫は主な素材を彫刻刀だけで仕上げ、着色をせず自然な木の色や木目を生かす工芸です。イチイの木は白太と赤身で色合いが異なり、その天然の色の対比だけで模様を表現できることが、彩色を用いない理由のひとつになっている。
出典:一位一刀彫|高山市
正解1935年
白川村公式は、ブルーノ・タウトが1935年に白川郷を訪れたと紹介している。ナチスを逃れて来日していたドイツの建築家タウトは、合掌造りの合理的な造形を高く評価したと伝えられ、この訪問が後の保存運動や世界遺産登録の機運にもつながったとされる。
出典:合掌造りとは|白川村
正解12月
白川郷・五箇山の合掌造り集落は1995年12月にユネスコの世界遺産として登録された。ブルーノ・タウトが集落を訪れてから60年後にあたるこの登録は、山あいの豪雪地帯に伝わる合掌造りの家並みを国内外に知らせる大きな転機となった。