逗子・葉山の歴史の重なり|ご当地マニア検定
公開日:2026-08-14 / 最終更新:2026-08-14

逗子・葉山の歴史は、丘陵に眠る古墳から鎌倉幕府ゆかりの寺社まで、複数の時代が同じ地形の上に重なってできている。
このページでは逗子・葉山に残る史跡を、古い時代から順にたどる。
同じ「やぐら」や「切通」でも指す範囲が異なるため、出典を確認しながら整理する。
古墳時代〜近世の遺構
県内最大級の前方後円墳が並ぶ長柄桜山古墳群と、旧軍用地ゆえに開発を免れた池子遺跡群が代表格。池子の出土品は池子遺跡群資料館で公開されている。
逗子市池子・history
1937年に旧帝国海軍に接収されて以来、開発を免れてきた遺跡群。1989〜94年の米軍住宅建設に伴う発掘調査で、旧石器時代から近代までの遺物が2万点以上出土した。
出典:逗子市「池子遺跡群」
逗子市池子・landmark
池子の森自然公園内にある無料の資料館。遺跡本体は米軍住宅地内で立入できないが、出土した木製品や弥生時代の農具はここで公開されている。1999年、日米友好親善を目的に開設された。
出典:逗子市「池子遺跡群資料館」
鎌倉幕府と信仰の跡
鎌倉七口の一つ名越切通とまんだら堂やぐら群、現存最古の築港遺跡・和賀江嶋、行基開山と伝わる神武寺など、鎌倉幕府と信仰の痕跡が集中している。
逗子市小坪・久木・history
鎌倉と三浦半島を結んだ峠道で、江戸時代には「鎌倉七口」の一つに数えられた。1966年に国の史跡指定を受け、周辺には150基を超えるやぐらが集中する。
出典:逗子市「国指定史跡 名越切通」
名越切通内・history
名越切通の谷間にある中世の横穴墓群で、150穴を超える国内最大級の規模。保存のため通年公開ではなく、毎年初夏と秋の期間限定・土日月祝のみ公開される。
出典:逗子市「まんだら堂やぐら群限定公開」
逗子市小坪・鎌倉市・history
日本に現存する最古の築港遺跡。1232年、僧・往阿弥陀仏の発願と北条泰時ら幕府の協力で1か月で築かれたと伝わる。大部分は鎌倉市域だが一部は逗子市小坪に該当する。
出典:逗子市「逗子市内の重要文化財」
逗子市沼間・landmark
寺伝で724年に行基が開いたとされる天台宗の古刹。鎌倉時代には源頼朝ら幕府の崇敬を受け、境内には重要文化財の薬師堂や複数のやぐら群が残る。
出典:逗子市「逗子市内の重要文化財」
神武寺境内・landmark
神武寺にある重要文化財の仏堂。伝承の創建は1593年だが、現存する主要部は1666年の再興によるもので、1992年の大修理で茅葺から銅板葺に改められた。
出典:逗子市「逗子市内の重要文化財」
逗子市池子・東昌寺・history
東昌寺にある鎌倉期の石造五輪塔。もとは葉山町堀内の慶増院にあったが、寺の再興・移築を経て1976年に東昌寺へ移された。地輪には1303年の銘が刻まれている。
出典:逗子市「逗子市内の重要文化財」
よくある質問
名越切通とまんだら堂やぐら群は同じ場所?
まんだら堂やぐら群は、国指定史跡「名越切通」の一部である谷間に位置する。切通全体は通年見学できるのに対し、やぐら群は保存のため季節限定でしか公開されない点が異なる。
池子遺跡群が良好な状態で残った理由は?
1937年に旧帝国海軍の用地として接収され、以後長く開発が制限されたため、戦後の宅地開発を免れて遺構・遺物が良好な状態で残った。
出典・参考
※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。
執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記 / 編集・出典ポリシー
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