逗子・葉山の歩いてわかる地域|ご当地マニア検定

逗子・葉山を歩くと、皇族・華族の別荘文化と、漁業やマリンスポーツという地元の暮らしが同じ海岸線の上で重なっているとわかる。
このページでは逗子・葉山の別荘建築と、地域の暮らしに関わる固有名詞をたどる。
「誰が」「いつ」建てたかを取り違えやすい人物・建築名は、出典を添えて区別する。
別荘文化を育てた人と建物
保養地としての葉山を推奨したベルツ博士と、1894年竣工の葉山御用邸が別荘文化の起点。旧東伏見宮葉山別邸や旧加地邸が当時の建築を今に伝える。
ベルツ博士
東京帝国大学で医学を教えたドイツ人医師。1880年代から葉山を訪れ、温暖な気候と地形を保養地として推奨したことが、皇室が葉山御用邸を置く一因になったとされる。
葉山御用邸
1894年竣工の皇室の保養施設。1926年には療養中の大正天皇がここで崩御し、皇位を示す剣璽渡御の儀が付属邸で行われた。現在も一部は皇室用で非公開。
旧東伏見宮葉山別邸
東伏見宮依仁親王が1914年頃に構えた別邸。昭和初期に約500棟あったとされる葉山の皇族・華族別荘のうち、当時の姿を保つほぼ唯一の遺構とされ、国登録有形文化財。
地元の暮らしと安全のルール
鎌倉時代から続く小坪漁港、名は南郷でも所在は長柄の南郷上ノ山公園、小型船舶で着用が義務化されたライフジャケットと、暮らしと安全に直結する名前が並ぶ。
ライフジャケット
2018年2月から小型船舶乗船者への着用が全国で義務化された救命胴衣。葉山町ではSUPによる沖への流され事故が増えていることから、着用と技術・装備の確認を独自に呼びかけている。
よくある質問
葉山御用邸と葉山しおさい公園はどう違う?
葉山御用邸は現在も一部が皇室用に使われる非公開の施設。葉山しおさい公園はその「付属邸」だった建物の跡地を町が公園として整備したもので、別の施設として区別する必要がある。
旧加地邸を設計したのは誰?
フランク・ロイド・ライトの弟子である建築家・遠藤新。ライト風建築というとアントニン・レーモンドを連想しがちだが、実際の設計者は遠藤新である点に注意。