逗子・葉山の歩いてわかる地域|ご当地マニア検定

公開日:2026-08-14 / 最終更新:2026-08-14

ベルツ博士を描いた架空のドット絵風景

逗子葉山を歩くと、皇族・華族の別荘文化と、漁業やマリンスポーツという地元の暮らしが同じ海岸線の上で重なっているとわかる。

このページでは逗子・葉山の別荘建築と、地域の暮らしに関わる固有名詞をたどる。

「誰が」「いつ」建てたかを取り違えやすい人物・建築名は、出典を添えて区別する。

別荘文化を育てた人と建物

保養地としての葉山を推奨したベルツ博士と、1894年竣工の葉山御用邸が別荘文化の起点。旧東伏見宮葉山別邸や旧加地邸が当時の建築を今に伝える。

ベルツ博士

person

東京帝国大学で医学を教えたドイツ人医師。1880年代から葉山を訪れ、温暖な気候と地形を保養地として推奨したことが、皇室が葉山御用邸を置く一因になったとされる。

出典:葉山町「顕彰碑(ベルツ博士・マルチィーノ公使)」

葉山御用邸

葉山町一色・landmark

1894年竣工の皇室の保養施設。1926年には療養中の大正天皇がここで崩御し、皇位を示す剣璽渡御の儀が付属邸で行われた。現在も一部は皇室用で非公開。

出典:神奈川県「葉山しおさい公園(葉山御用邸付属邸跡地)」

葉山しおさい公園

葉山町一色・landmark

旧葉山御用邸付属邸の跡地を整備した町立公園。日本庭園や茶室のほか、園内の葉山しおさい博物館では相模湾の魚介類や昭和天皇の生物学研究資料を展示する。

出典:葉山町「葉山しおさい公園」

旧東伏見宮葉山別邸

葉山町・landmark

東伏見宮依仁親王が1914年頃に構えた別邸。昭和初期に約500棟あったとされる葉山の皇族・華族別荘のうち、当時の姿を保つほぼ唯一の遺構とされ、国登録有形文化財。

出典:文化遺産オンライン「イエズス孝女会修道院旧館(旧東伏見宮葉山別邸)」

旧加地邸

葉山町一色・landmark

三井物産の実業家・加地利夫の別邸として1928年に竣工。設計はフランク・ロイド・ライトの弟子・遠藤新で、大谷石を多用したプレーリースタイル住宅の代表作。

出典:葉山町「登録文化財 旧加地邸」

地元の暮らしと安全のルール

鎌倉時代から続く小坪漁港、名は南郷でも所在は長柄の南郷上ノ山公園、小型船舶で着用が義務化されたライフジャケットと、暮らしと安全に直結する名前が並ぶ。

小坪

逗子市西部・place

逗子海岸と鎌倉市材木座海岸の間にある地区。鎌倉時代からの小坪漁港があり、逗子市内で唯一の地場産業として続く。毎年1月2日には豊漁祈願の「みかん投げ」が行われる。

出典:逗子市「小坪漁港」

南郷上ノ山公園

葉山町長柄・landmark

名前に「南郷」とあるが所在は葉山町長柄。山に囲まれた芝生広場のほか、野球場・テニスコート・多目的グラウンドを備えた町営の総合公園。

出典:葉山町「南郷上ノ山公園」

ライフジャケット

other

2018年2月から小型船舶乗船者への着用が全国で義務化された救命胴衣。葉山町ではSUPによる沖への流され事故が増えていることから、着用と技術・装備の確認を独自に呼びかけている。

出典:葉山町「SUPによる事故が増えています!!」

よくある質問

葉山御用邸と葉山しおさい公園はどう違う?

葉山御用邸は現在も一部が皇室用に使われる非公開の施設。葉山しおさい公園はその「付属邸」だった建物の跡地を町が公園として整備したもので、別の施設として区別する必要がある。

旧加地邸を設計したのは誰?

フランク・ロイド・ライトの弟子である建築家・遠藤新。ライト風建築というとアントニン・レーモンドを連想しがちだが、実際の設計者は遠藤新である点に注意。

出典・参考

※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。

執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記 / 編集・出典ポリシー

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