安曇野の湧水とわさびを読み解く:扇状地の水の道

安曇野のわさび田は、観光地である前に、扇状地の水循環がそのまま形になった場所である。
安曇野は日本一のわさび産地として知られるが、その理由は土壌そのものではなく、扇状地の地下を流れる湧水の性質にある。北アルプスの雪解け水が地下を通り、一年中ほぼ一定の水温で湧き出すことが、わさび栽培の条件と一致している。
この記事では、地形が生み出す湧水の仕組み、その水を農地に配るための堰、そして湧水が育てるわさび産業という3つの角度から、安曇野の水の道をたどる。
安曇野の地下水はどこから来るのか
北アルプスの雪解け水が伏流水となり、日量70万トンともいわれる量が一年中安定した水温で湧き出す。
北アルプスからの伏流水きたあるぷすからのふくりゅうすい
安曇野の地下水は、北アルプスに積もった雪や雨が扇状地の砂礫層にしみ込み、伏流水となって流れてきたものである。地表を流れる川と違い、地下を通る間に水温が均され、ろ過されるため、湧き出す水は一年中安定した状態になる。この一帯の湧水量は日量およそ70万トンにおよぶとされる。 河川の水と混じり合う前の、いわば地形が濾過した水だからこそ、この安定性が保たれている。
年間を通じて安定した水温ねんかんをつうじてあんていしたすいおん
安曇野の湧水は、真夏でも水温が15度を超えることがほとんどなく、年間を通じておおむね12〜16℃の範囲に保たれるといわれる。外気温に左右されにくいこの安定性こそが、水温の変化に弱い生き物や作物を育てるうえで最大の強みになっている。
出典:清らかな安曇野の水
扇状地を横切る堰と水の道
拾ケ堰をはじめとする複数の堰が、川と川をつなぎ扇状地全体に水を配っている。
拾ケ堰じっかせぎ
拾ケ堰は、松本市平瀬から安曇野市穂高柏原まで水を送る、約15kmの用水路である。標高およそ570mの等高線に沿って流れ、取水口から排水口までの標高差はわずか約5mという、0.03%というきわめて緩やかな勾配で設計されている。1816年(文化13年)2月に着工し、同年5月には竣工したという記録が残り、着工からわずか3か月というスピードで仕上げられた点でも知られる。「拾ヶ」の名は、開削を出願した10の村に由来し、後に1村が加わって11ヶ村となった。2006年には農林水産省などが指定する「日本の疎水百選」にも選ばれている。
出典:拾ヶ堰の歴史
湧水が育てるわさびと産業
冷たく安定した湧水がわさびの生育条件と一致し、安曇野は国内最大級のわさび産地になった。
安曇野わさび田湧水群あづみのわさびだゆうすいぐん
わさびの栽培には、年間を通じて10〜15℃程度の、酸素を多く含む冷たく澄んだ水が欠かせないとされる。安曇野の湧水はこの条件をほぼそのまま満たしており、「安曇野わさび田湧水群」として名水百選に選定された際の選抜投票では、景観が素晴らしい名水部門で1位に選ばれている。 逆にこの条件を欠く土地では、同じ品種のわさびでも生育が安定せず、栽培地が限られる理由にもなっている。
よくある質問
安曇野の水はなぜ一年中冷たいの?
地表を流れる水と違い、地下を通る水は季節の暑さ寒さから隔てられた状態で移動してくる。いわば大地そのものが天然の保冷庫として働くため、真夏でも真冬とほとんど変わらない温度で顔を出す。
拾ケ堰はどれくらいの距離?
全長は約15キロメートルで、取水口から排水口までの高低差はわずか5メートル、0.03%という緩やかな勾配で設計されている。当時の測量技術でこれを成し遂げたことが今も評価されている。
わさび栽培にはどんな水が必要?
わさびは水質に関してかなり気難しい作物で、季節による変動をほとんど許容しない。この条件を人工的に再現するには相応のコストがかかるため、自然にこの環境を満たす土地は国内でも限られている。