蝦夷地から北海道へ ── 開拓を支えた人びと

最終更新: 2026-06-24

松浦武四郎を描いた架空のドット絵風景

わずか150年あまり前、ここはまだ『蝦夷地』と呼ばれていました。『北海道』という名の誕生から札幌の街づくりまで、短い時間に凝縮された開拓の歩みをたどります。

ここでは、北海道開拓の鍵となった人物や仕組みを、その役割とあわせて紹介します。

和人による開拓は、先住民族アイヌの暮らしの上に進められた歴史でもあります。

開拓の鍵となった人と仕組み

松浦武四郎

『北海道』の名付け親

幕末に蝦夷地を繰り返し踏査した探検家。改称時に提案した『北加伊道』が『北海道』のもとになりました。『加伊』はアイヌ語にちなむ字でした。

出典:松浦武四郎記念館

開拓使

開拓を担った官庁(1869年設置)

明治政府が北海道開拓のために設けた官庁。札幌の都市建設や、ビール・製糖などの産業育成を進め、1882年に廃止されました。

出典:北海道庁 公式サイト

屯田兵

兵農一体の開拓移住者

家族で移り住み、平時は農業、有事は兵となって開拓と防備を担いました。各地に『兵村』を築き、農地開拓の中心となりました。

出典:北海道庁 公式サイト

島義勇

札幌の都市計画の礎を築いた開拓判官

開拓判官として札幌に赴き、街路を碁盤の目状に区切る都市計画の基礎を築きました。『北海道開拓の父』とも称されます。

出典:札幌市 公式サイト

クラーク博士

札幌農学校の初代教頭

札幌農学校(現・北海道大学)で教え、『青年よ、大志を抱け』の言葉を残したとされます。農業教育や人材育成に大きな影響を与えました。

出典:北海道大学

ホーレス・ケプロン

開拓使の最高顧問

1871年に来日した、米国で農務行政のトップ(農務局長)を務めた人物。道路・鉱業・農業など開拓の広い分野を指導し、近代化の方向づけに貢献しました。

出典:北海道庁 公式サイト

開拓使麦酒醸造所

サッポロビールの源流(1876年)

開拓使が札幌に開いた官営の醸造所。豊富な氷や大麦に恵まれた北海道で始まり、ラベルの赤い星は開拓使の徽章=北極星に由来します。

出典:サッポロビール 公式

五稜郭と箱館戦争

幕末・維新の舞台

武田斐三郎が設計した星形の城郭・五稜郭は、1869年に終結した箱館戦争の舞台に。旧幕府軍を率いた榎本武揚は、のちに明治政府の要職に就きました。

出典:函館市 公式サイト

よくある質問

『北海道』はいつ名づけられたのですか?

1869年(明治2年)、それまでの『蝦夷地』を改める際に『北海道』と定められました。あわせて国・郡の区分も整えられ、本格的な開拓の時代が始まりました。

サッポロビールの赤い星は何を表していますか?

開拓使の徽章である赤い五稜星で、北極星(北辰)を表します。開拓使ゆかりの醸造事業を受け継ぐ証として、今もラベルに掲げられています。

出典・参考

※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。

執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記

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