Q1.松本城と同じく天守が国宝の城はどれ?
- 姫路城
- 大阪城
- 名古屋城
- 熊本城
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正解姫路城
姫路城が正解です。天守が国宝に指定されている城は全国に5棟のみで、松本城もその一つです。1936年に旧国宝保存法のもとで指定され、1952年には文化財保護法の制定にあわせて改めて国宝の指定を受けています。
出典:松本城

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最終更新: 2026-09-14
松本・安曇野を知るための最初の10問です。国宝の天守が守られてきた城下町の側面と、北アルプスの雪解け水がわさび田を育てる盆地の側面、二つを行き来しながら出題します。あめ市の年頭行事、国際音楽祭、道祖神の石像、山あいならではの郷土料理といった、旅先で必ず目にする定番の話題を集めました。10問を通して答えられれば、この土地を紹介する側に立てる力はすでにあります。解説と出典もあわせて確認してみてください。
正解姫路城
姫路城が正解です。天守が国宝に指定されている城は全国に5棟のみで、松本城もその一つです。1936年に旧国宝保存法のもとで指定され、1952年には文化財保護法の制定にあわせて改めて国宝の指定を受けています。
出典:松本城
正解国宝
国宝が正解です。2019年9月30日、近代の学校建築として初めて国宝に指定されました。1876年に竣工した校舎は、和と洋の意匠を組み合わせた擬洋風建築の代表例として知られ、教育史を物語る貴重な遺構です。
出典:旧開智学校校舎
正解塩の道
塩の道が正解です。日本海側の糸魚川と松本を結び、牛や歩荷による中継輸送で塩や海産物を運びました。安曇野を縦断する街道沿いには、今も牛方や歩荷が休んだ宿場の面影を残す町並みが点在しています。
正解焼岳の噴火
焼岳の噴火が正解です。1915年、噴出した溶岩や泥流が梓川をせき止め、一夜にして池が現れたと伝わります。水没した木々の立ち枯れは今も湖面に残り、上高地を代表する幻想的な風景をつくっています。
正解鶏の一枚肉をタレに漬けて揚げた料理
鶏の一枚肉をタレに漬けて揚げた料理が正解です。名前に「焼」とつきますが実際は揚げ物で、松本・塩尻を中心に長野県内の食堂や居酒屋で広く提供され、山賊焼き丼として定食にもなっています。誕生の経緯には諸説ありますが、塩尻市内の居酒屋が発祥という説が広く知られています。
出典:長野県(松本市)山賊焼
正解クリアボート体験
クリアボート体験が正解です。ボートの底が透明になっており、水底に広がるわさび田や川底の様子を間近に見ることができます。北アルプスの雪解け水が流れ込む澄んだ水は真夏でも冷たいままです。農場内には水車小屋や売店も点在し、収穫したわさびを使った加工品をその場で味わうこともできます。
出典:大王わさび農場
正解小澤征爾
小澤征爾が正解です。齋藤秀雄の弟子として、1992年に始まった音楽祭を長く率いました。オーケストラコンサートやオペラ、室内楽などの公演が毎年夏に松本市内の各会場で開かれています。この音楽祭はもともと「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」という名称で始まり、2015年に現在の「セイジ・オザワ松本フェスティバル」へと改称されました。
正解道祖神
道祖神が正解です。安曇野は道祖神の宝庫といわれ、村の守り神として道の辻や田んぼの端に数多く立っています。彫刻の姿はさまざまで、文字だけの碑から男女が手を握り合う像まで見つけられます。道祖神が結ばれた男女の姿で彫られるのは、子孫繁栄や夫婦円満を願う信仰に由来するといわれています。
出典:道祖神めぐり
正解あめ市
あめ市が正解です。かつては「塩市」とも呼ばれ、戦国時代の「敵に塩を送る」の故事にちなむと伝わる、松本城下町最大級の年頭行事です。中心街には多くの露店が並び、恵比寿や大黒を祀った縁起物も売られます。
出典:松本あめ市
正解○(正しい)
正しい記述です。ホームタウンは松本市のほか、安曇野市や塩尻市など県内の複数の市町村に及びます。前身は1965年創部の山雅サッカークラブで、2011年にJリーグへの加盟が承認されました。ホームスタジアムのサンプロアルウィンは松本市郊外にあり、県内最大級の観客席数を持つ専用球技場です。
続く15問は、松本や安曇野に暮らしていても意外と答えに詰まる領域です。天守の壁が実際にどんな色をしているか、冬に城を彩る氷の祭り、蕎麦処がまち中に多い理由、山雅のマスコットが背負う鳥の名、りんごの収穫期、温泉や湧水が受けている認定制度など、観光案内より一歩踏み込んだ暮らしの知識を試します。地図と季節、両方を思い浮かべながら選んでください。
正解初重から最上重まで黒塗りの下見板が張られている
黒塗りの下見板が正解です。白い姫路城としばしば対比され、初重から最上重まで続く黒い外壁は江戸時代初期の意匠をそのまま残しています。この黒はもともと墨で塗られ、昭和の大修理以降は黒漆塗りとなりました。
出典:松本城
正解国宝松本城氷彫フェスティバル
国宝松本城氷彫フェスティバルが正解です。全国の氷彫師が技を競う「全国氷彫コンクール」や、約20メートルのジャンボ滑り台が名物で、毎年1月頃に松本城公園などを会場に開催される冬の風物詩です。
正解100店以上
100店以上が正解です。塩尻市の居酒屋が発祥とされ、2011年に「松本山賊焼応援団」が結成されたことをきっかけに認知が広まり、今では松本市内の多くの食堂や居酒屋の定番メニューになっています。
正解そば(信州そば)
そば(信州そば)が正解です。松本市内には昼夜を問わず多くのそば処があり、市の観光サイトでも「市民が選ぶおすすめのお蕎麦屋さん」特集が組まれるほど、暮らしに根づいた名物食となっています。松本盆地は昼夜の気温差が大きく、そばの実が育つ土壌や気候にも恵まれているとされています。
正解北アルプス(飛騨山脈)
北アルプス(飛騨山脈)が正解です。標高3,000メートル級の山々が安曇野市西部に連なり、春になると常念岳の斜面には僧の姿に見える雪形「常念坊」が現れ、安曇野の暮らしの目印となっています。
出典:市の概要
正解王ヶ頭
王ヶ頭が正解です。標高2,034メートルで、松本市東部に広がる高原の最高地点にあたります。周辺は日本百名山の一つに数えられ、山頂付近まで車で登れる数少ない高原として親しまれています。山頂には放送関係の電波塔が立ち並び、遠くからもその姿を望むことができます。
出典:美ヶ原
正解上高地
上高地が正解です。JR松本駅から徒歩3分の松本バスターミナルからは、「ナショナルパークライナー」など上高地・美ヶ原高原方面への路線バスが乗り換えなしで発着し、自然観光の玄関口になっています。
出典:ナショナルパークライナー
正解美術館の開館(2002年)に合わせて制作された屋外彫刻である
屋外彫刻であるが正解です。2002年の松本市美術館開館に合わせて制作された草間彌生の巨大な屋外彫刻で、エントランス脇に常設されています。同館は草間の作品を多数収蔵する美術館として知られています。
出典:フロアマップ
正解ライチョウ(雷鳥)
ライチョウ(雷鳥)が正解です。長野県の県鳥でもあり、マスコット「ガンズくん」はJリーグ加盟にあわせて公式マスコットとなりました。チームの愛称「ターミガンズ」もこの鳥の英名にちなみます。
正解安曇野市が設置する文学館
安曇野市が設置する文学館が正解です。臼井吉見の生涯と作品を紹介する施設で、代表作の舞台となった地域に立ち、作品ゆかりの人物や資料を数多く展示しています。館内には愛用の文房具や自筆原稿なども収蔵され、地域の文学遺産を伝える拠点となっています。
出典:臼井吉見文学館
正解浅間温泉
浅間温泉が正解です。松本の奥座敷と呼ばれ、江戸時代には松本藩主の別邸も置かれました。市街地から車で15分ほどの距離にあり、日帰り入浴や旅館での宿泊を通じて今も市民に親しまれています。泉質はアルカリ性単純温泉で、美肌の湯としても知られ、多くの旅館や共同浴場が今も営業を続けています。
出典:松本の温泉
正解第2位
第2位が正解です。青森県に次ぐ生産量を誇り、安曇野・松本地域でも盆地特有の昼夜の気温差を生かしたりんご栽培が行われています。9月から11月にかけて多くの品種が次々と収穫時期を迎えます。「シナノスイート」や「シナノゴールド」など長野県育成の品種が全国的にも人気を集めています。
正解彫刻の種類や表現がさまざまで、バラエティに富んでいる
彫刻の種類や表現がさまざまで、バラエティに富んでいるが正解です。文字だけの「文字碑」から男女が手を握り合う「握手像」まで姿は多彩で、それぞれの石工の個性が表れているといわれています。酒を酌み交わす姿を彫った「酒器像」など地域ごとに独自の型が伝わっており、巡って見比べる楽しみ方もあります。
出典:道祖神めぐり
正解民藝
民藝が正解です。柳宗悦らが1926年に提唱した、無名の職人が作る日常の道具にこそ美があるという考え方です。この思想に感銘を受けた丸山太郎が松本に持ち込み、家具や工芸品づくりが盛んな「工芸の町」松本のイメージを築く土台となりました。
出典:民藝運動
正解名水百選(環境省)/水の郷百選(国土交通省)
名水百選・水の郷百選が正解です。北アルプスの雪解け水が育む清らかな湧水として、環境省と国土交通省の両方から認定を受けており、わさび栽培や日々の暮らしを支える水として大切にされています。市内には誰でも自由に水を汲める湧水スポットが複数整備され、観光客が飲み比べを楽しむ姿も見られます。
出典:清らかな安曇野の水
最後の15問には、松本・安曇野を語れると胸を張る前に越えておきたい壁を集めました。上高地が今の呼び名になる前の古い表記、山の水を平野へ導いた堰の技術、わさびが育つために欠かせない湧水の条件、船同士がぶつかり合う祭りの仕組み、そして天守や旧開智学校が今の姿に至るまでの出来事の順序まで、脚注クラスの知識を問います。並べ替えや複数選択の形式も含まれるため、覚えた事実を年表の上に置き直す作業が求められます。ここまで解き切れれば、本番の検定で上位を狙う土台はできています。
正解神垣内
神垣内が正解です。江戸時代までは杣人以外の訪問もまれな山林で、人里から離れた神域のような場所と見られていました。この古い表記は、現在の観光地としての姿とは対照的な歴史を物語っています。登山者や研究者が本格的に訪れるようになったのは明治以降のことで、開発と保護の両面から歴史が積み重ねられてきました。
正解渓谷の部
渓谷の部が正解です。1927年、大阪毎日新聞と東京日日新聞が主催した全国投票により選ばれ、この選定を機に上高地は観光地として全国的な注目を集めるようになったといわれています。この投票では各部門の景勝地が新聞紙面で大きく紹介され、当時の旅行熱を後押ししたとされています。
正解カラマツ
カラマツが正解です。環境省の現地担当者は、自然と調和した吊り橋として紹介しています。現在の橋は幾度かの架け替えを経たもので、上高地を象徴する景観として多くの写真や絵画に描かれてきました。
出典:河童橋
正解焼岳
焼岳が正解です。上流には穂高連峰、下流には今も噴煙を上げる焼岳を望むことができ、橋の上に立つだけで上高地を代表する山々をぐるりと見渡せる、絶好の展望地点になっています。焼岳は今も活動を続ける活火山で、気象庁による観測が続けられています。
出典:河童橋
正解約10~15年
約10~15年が正解です。北アルプスに降った雨や雪は、地層を天然のフィルターとして長い時間をかけて濾過され、不純物を取り除きながら適度なミネラルを含んだ水となって安曇野の地下に蓄えられます。
正解平地式栽培
平地式栽培が正解です。扇状地の麓に湧き出す湧水を利用するため、山あいの棚田のような段々畑方式に比べて広い面積の作付けが可能になり、安曇野を日本一のわさび産地に育てた技術のひとつです。水温が年間を通してほぼ一定に保たれることも、大規模栽培を可能にした条件のひとつとされています。
正解1832年
1832年が正解です。安曇野中央部の押野から小泉までを結ぶ灌漑用水として、池田村など周辺地域の協力も得ながら地元の人々の手で開削されました。江戸後期の農村が力を合わせて水路を切り開いた歴史は、今も安曇野の豊かな水田地帯を支え続けています。
出典:安曇野を流れる堰
正解明科押野の内川
明科押野の内川が正解です。押野から小泉まで流れ、五つの地区の水田を潤すことから五ケ用水と名付けられました。1832年に池田村の協力も得て開削され、今も地域の農業を支える水路です。水路の維持管理は今も地元の水利組合が担い、田植えの季節には流量の調整作業が続けられています。
出典:安曇野を流れる堰
正解梓川の清流/穂高連峰/焼岳
梓川の清流・穂高連峰・焼岳が正解です。この3つに加え、河畔に広がるケショウヤナギの林や大正池、河童橋も指定範囲に含まれ、山と水と橋が織り合わさる景観が上高地の魅力をつくっています。四季それぞれに違った表情を見せるため、写真愛好家が繰り返し訪れる場所としても知られています。
正解年間12~16℃の湧水/扇状地麓での湧出
年間12~16℃の湧水・扇状地麓での湧出が正解です。わさびは水質の変化にとても敏感な作物のため、季節を問わず安定した低温の水が絶えず流れ続ける環境がなければ、広い面積での栽培は成り立ちません。
正解車輪付きの櫓を土台とする/上部に歴史上の人物や場面の人形を飾る
車輪付きの櫓を土台とし、上部に人形を飾るが正解です。土台の櫓には車輪が取り付けられて曳き回され、船の上部には地区ごとに趣向を凝らした歴史上の人物や場面の人形が飾り付けられます。祭りの当日には若者たちが交代で船を曳き、境内や町中を練り歩く様子が見どころとなっています。
出典:穂高神社のお船祭り
正解石川氏の築城開始 → 天守築造着手 → 城下の家作開始 → 関ヶ原合戦への東軍参加
築城開始→天守着手→家作開始→関ヶ原の順が正解です。石川数正・康長父子が短期間で城郭と城下町の整備を進め、その後の徳川方との関係の中で天守の防衛的な性格が強められたと考えられています。この時期に整えられた堀や土塁の配置は、現在の城郭の骨格として今もほぼそのまま受け継がれています。
出典:松本城の歴史(年表)
正解松本城天守競売 → 松本城天守博覧会 → 松本天守閣保存会結成 → 明治の大修理完了
競売→博覧会→保存会→大修理完了の順が正解です。天守は一度は取り壊しの危機に見舞われましたが、地元有志の尽力で買い戻され、その後も市民が主体となって保存活動を重ねてきた歴史があります。この経緯から松本城は「市民が守った城」として語られることが多く、保存の精神は今も地域に受け継がれています。
出典:住民が守った松本城
正解開智学校開校 → 旧開智学校校舎竣工 → 旧開智学校移築復元 → 旧開智学校国宝指定
開校→竣工→移築→国宝指定の順が正解です。1873年の開校当初は別の場所にあり、1876年に現在知られる擬洋風の校舎が竣工、1964年の河川拡幅にともなって移築され、2019年に国宝となりました。
出典:旧開智学校校舎
正解約110~116平方キロメートル
約110~116平方キロメートルが正解です。この広さは松本市全体の面積の約12%に相当し、安曇地区に対しては約28%にも及ぶため、市域の中でも自然保護の比重が非常に大きい地域だとわかります。