霞ヶ浦を読み解く ― 帆引き船・れんこん畑・土浦花火が生まれた湖

琵琶湖に次ぐ日本第2位の広さ。それでいて平均水深はわずか4mほど。霞ヶ浦という「広くて浅い」湖のまわりには、独特の暮らしと祭りが育まれてきました。
霞ヶ浦は茨城県南部に広がる湖で、面積は約220km²。日本最大の琵琶湖には及ばないものの、全国の湖沼の中では2番目の広さを誇ります。桜川・恋瀬川など大小約56本もの河川が流れ込み、豊かな漁場と農地を育んできました。
その水と土地を生かして生まれたのが、独自の漁法「帆引き網漁」、全国屈指のれんこん畑、そして「日本三大花火大会」の一つに数えられる土浦の花火です。湖のまわりに広がる暮らしの物語をたどります。
「広くて浅い」霞ヶ浦という湖
平均水深約4m、日本第2位の面積かすみがうら
霞ヶ浦は面積約220km²で、日本の湖沼の中では琵琶湖に次ぐ2位の広さです。一方で平均水深は約4mほどしかなく、面積の割に浅い湖として知られています。狭義には「西浦」を指しますが、北浦や常陸利根川なども含めた水系全体を指して霞ヶ浦と呼ぶこともあります。土浦市とかすみがうら市・行方市を結ぶ「霞ヶ浦大橋」は1987年に開通し、両岸の行き来を大きく短縮しました。
帆引き網漁:折本良平が生んだ湖の風物詩
明治13年、シラウオ漁のための発明
帆掛け舟で網を引く「帆引き網漁」は、旧霞ヶ浦町(現・かすみがうら市)坂村の折本良平が明治13年(1880)、3年がかりで考案した漁法です。高瀬舟が帆に風をいっぱいに受けて進む姿にヒントを得たとされ、しかも折本は自らの技術を独占せず、多くの漁師に広めたと伝えられます。今では観光帆引き船として、夏から秋にかけて湖上にその帆影を見ることができます。
土浦のれんこん畑:全国出荷量の約半分
霞ヶ浦沿岸で全国シェア約50%
霞ヶ浦沿岸、とりわけ土浦市周辺は全国有数のれんこん産地です。令和4年の実績では全国出荷量56,200tのうち茨城県産が28,200t、シェアにしておよそ50%を占めました。れんこんは晩秋から冬にかけて甘みが増すとされ、11月~2月ごろが収穫の最盛期。畑にはこの時期、一面のれんこん堀りの光景が広がります。
出典:日本一のれんこん | いばらきれんこん広域銘柄化推進協議会地域特産野菜生産状況調査 | 野菜情報総合把握システム(alic)
土浦全国花火競技大会:慰霊から始まった花火
1925年、神龍寺住職が私財を投じて開催
土浦の花火大会は1925年(大正14年)、神龍寺24代住職・秋元梅峯が、親交のあった霞ヶ浦海軍航空隊の殉職者を慰霊し、関東大震災後で疲弊した地域経済を盛り立てる趣旨で私財を投じて始めたのがルーツとされます。現在はスターマイン・10号玉・創造花火の3部門で技を競う大会となり、秋田県大仙市の大曲、新潟県長岡市と並ぶ日本三大花火大会の一つに数えられ、内閣総理大臣賞をはじめとする各賞が贈られます。
よくある質問
霞ヶ浦は海水と淡水どちらの湖?
現在の霞ヶ浦は河口の水門(常陸川水門)によって海水の流入が調整されており、実質的には淡水湖に近い状態です。もともとは太平洋とゆるやかにつながる汽水湖であったため、漁業も海水魚と淡水魚が入り混じる独特の漁場として発展してきました。
帆引き船は今でも漁に使われている?
実際の漁としては動力船に取って代わられましたが、初夏から秋にかけて観光帆引き船として運航されており、白い帆を張って湖面を進む姿を今も見ることができます。祭りやイベントに合わせて運航されることが多く、写真撮影の名所にもなっています。