鹿島神宮と鹿島アントラーズ ― 「鹿の島」が結ぶ神話とサッカー

Jリーグ「オリジナル10」の一つ、鹿島アントラーズ。そのクラブ名の由来をたどると、日本屈指の古社・鹿島神宮にたどり着きます。
鹿嶋市の鹿島神宮は、神武天皇の即位年に創建されたと伝わる、東国屈指の古社です。伊勢神宮・香取神宮とともに「神宮」を名乗ることを許された数少ない神社の一つとされ、地震を鎮めるという要石の伝説でも知られます。
その神社の御祭神にちなんで名づけられたのが、Jリーグ発足時からの強豪クラブ・鹿島アントラーズです。神話の時代から現代のスタジアムまで、「鹿島」という一つの地名がつなぐ物語をたどります。
東国最古級の古社、鹿島神宮
神武天皇即位の年に創建と伝わるかしまじんぐう
鹿島神宮は、神話上は初代・神武天皇の即位年(紀元前660年)に創建されたと伝わる神社です。御祭神は武の神として知られる武甕槌大神。平安時代の延喜式では、「神宮」と記されたのは伊勢神宮・香取神宮・鹿島神宮の3社のみとされ、常陸国では最も社格の高い「一之宮」に位置づけられています。
要石:大ナマズを鎮める霊石の伝説
地中の大ナマズを押さえる要石
境内に残る「要石」は、地震を起こすとされる大ナマズの頭を押さえているという伝説を持つ霊石です。地表に見えているのは直径約30cm・高さ約7cmほどの小さな凹形の石で、大部分は地中に埋まっているとされます。水戸藩主・徳川光圀が周囲を七日七晩掘らせても根元を確かめられなかったという逸話も伝わり、1855年の安政江戸地震の後には、鹿島の神が地震鯰を押さえる図「鯰絵」が江戸で大流行し、現在確認されているだけでも約400種類にのぼるといいます。
徳川将軍家が寄進した社殿と宝物
家康の奥宮、頼房の楼門
鹿島神宮の奥宮は、徳川家康が関ヶ原の戦いの勝利に感謝し、慶長10年(1605)に本宮として奉納した社殿を、後に遷したものです。楼門は寛永11年(1634)、初代水戸藩主・徳川頼房の寄進により建てられました。宝物館には、刀身約2.23m・拵を含む全長約271cmという現存最大級の直刀「韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ)」が伝わり、国宝に指定されています。
鹿島アントラーズ:オリジナル10の名門
1991年設立、住友金属工業を母体に
鹿島アントラーズは1991年、鹿島町・神栖町・波崎町など5町村と43社の出資により、住友金属工業蹴球団を母体に設立されました。1993年のJリーグ開幕から参加した「オリジナル10」の一員で、開幕年のサントリーシリーズ(1stステージ)を制覇。元ブラジル代表のジーコが1991年に加入し、クラブ躍進の精神的支柱となったことでも知られます。オリジナル10の中で、一度もJ2降格を経験していないのは鹿島アントラーズと横浜F・マリノスの2クラブのみです。本拠地の正式名称は「茨城県立カシマサッカースタジアム」で、2025年からの命名権導入後も正式名称自体は変わっていません。
出典:クラブ概要 | 鹿島アントラーズ オフィシャルサイト鹿島アントラーズ - Wikipedia茨城県立カシマサッカースタジアムの愛称が「メルカリスタジアム」に決定しました | 茨城県
よくある質問
「鹿島」の地名と鹿はどう関係する?
鹿島神宮の神使は鹿とされ、御祭神が鹿の背に乗って旅をしたという伝承にちなみます。奈良の春日大社に鹿が多いのも、鹿島の神を勧請した際に鹿の背に乗って渡ったという言い伝えに由来するとされ、鹿島アントラーズのチーム名やエンブレムの鹿の意匠も、この神使としての鹿がモチーフです。
要石は鹿島神宮だけのもの?
実は隣接する香取神宮にも要石が伝わります。鹿島の要石が凹形、香取の要石が凸形とされ、2つで大ナマズを挟み込んでいるという言い伝えもあり、鹿島と香取は伝承のうえでも対をなす古社とされています。