牛久大仏と牛久シャトー ― 隣り合う「祈り」と「ワイン」の物語

高さ120mの巨大な仏像と、明治の香り漂うワイン醸造場。牛久市には、対照的な2つの名所が意外なほど近くに並んでいます。
牛久市のシンボルといえば、遠くからでも見える巨大な牛久大仏。一方、市内にはもう一つ、まったく違う性格の名所があります。明治時代に建てられた洋風の醸造場、牛久シャトーです。
祈りの空間として造られた大仏と、殖産興業のシンボルとして生まれたワイナリー。時代も目的も異なる2つの建造物が、牛久という一つの街にどちらも根を下ろしています。
牛久大仏:世界最大級のブロンズ立像
全高120m、台座を含む世界最大級のブロンズ立像うしくだいぶつ
牛久大仏は像高100m・台座20mを合わせた全高120mで、ブロンズ(青銅)製の立像としては世界最大級とされ、1995年にギネス世界記録にも認定されました。この「120m」という数字は、阿弥陀如来があらゆるものを照らすために放つとされる12の光にちなむといわれます。表面は6000枚以上の青銅板を溶接して仕上げられ、頭部には約480個もの螺髪(らほつ)が並びます。構想は1983年に始まり、1986年着工、1993年に完成しました。
大仏の胎内:祈りの空間としての設計
地上85mの展望窓と5層の胎内空間
牛久大仏の胎内は1階「光の世界」、2階「知恩報徳の世界」、3階「蓮華蔵世界」、4・5階「霊鷲山の間・展望台」という5層構成になっています。1階では、人間の煩悩を表す暗闇にひとすじの光が射しこむ演出がなされ、胸の位置にあたる地上約85mには展望窓が設けられ、晴れた日には富士山やスカイツリーも望めます。運営するのは浄土真宗東本願寺派で、境内は公園墓地「牛久浄苑」との複合施設になっています。
牛久シャトー:日本初の本格ワイン醸造場
1903年完成、神谷傳兵衛が築いた醸造場
牛久シャトーの前身・牛久醸造場は、東京・浅草で「電気ブラン」を売り出した実業家・神谷傳兵衛(愛知県出身)が、1901年に着工し1903年9月に完成させた、日本初の本格的なワイン醸造場です。フランス種のぶどうとボルドー地方の醸造法を取り入れ、建築家・岡田時太郎が手がけた洋風の建物群は、最盛期には約160町歩のぶどう園を抱えるまでに拡大しました。旧事務室・旧醗酵室・旧貯蔵庫の3棟は2008年に国の重要文化財に指定され、2020年には日本ワインの歩みを物語る日本遺産の構成文化財にも認定されています。
すぐそばの牛久沼:河童の芋銭が愛した水辺
日本画家・小川芋銭とかっぱ伝説
大仏やシャトーから車で少し足を延ばすと、牛久沼のほとりに出ます。ここで農業を営みながら数多くの河童の絵を描き、「河童の芋銭」と呼ばれた日本画家が小川芋銭(1868-1938)です。住居兼アトリエだった「雲魚亭」は今も現存し、近くには河童を松の木に縛りつけたという伝説にちなむ「かっぱ松」や河童の碑も残ります。祈りの大仏、産業のシャトーに次ぐ、牛久のもう一つの顔といえるでしょう。
よくある質問
牛久大仏は立像として世界一高い?
「世界一」ではありません。単純な立像の高さでは世界6位とされ、あくまで「ブロンズ製の仏像」というカテゴリーで世界最大としてギネス世界記録に認定されています。台座を含めるかどうかでも評価が変わる点には注意が必要です。
牛久シャトーのぶどう園は今も残っている?
最盛期の160町歩からは大きく規模を縮小しており、現在は醸造施設や歴史的建造物の見学、レストラン・ショップの利用が中心です。ワインづくり自体は原料ぶどうの調達方法を変えながら今も続けられています。