戸隠五社 ── 山道でつながる信仰の空間

戸隠神社は一つの社殿ではない。奥社・中社・宝光社・九頭龍社・火之御子社という五つの社が、山道でつながりながら一つの信仰空間をつくっている。
五社にはそれぞれ異なる祭神と役割があり、創建の性格も一様ではない。神仏習合の時代を経て、明治の神仏分離で今の姿に再編された歴史も持つ。
戸隠そばの紹介や、鬼無里の地名にまつわる話はここでは扱わない。ここで見るのは、社ごとの役割と参道が、どのように一つの文化的な景観を結んでいるかである。
五社それぞれの役割
戸隠神社は奥社・九頭龍社・中社・火之御子社・宝光社という五社からなり、社ごとに祭神と役割が異なる。
奥社と九頭龍社おくしゃ・くずりゅうしゃ
戸隠神社の奥社は、天岩戸を開いたとされる天手力雄命を祀る。参道はおよそ2キロメートルにおよび、途中の随神門から先には樹齢400年を超える杉並木が続く。奥社と並んで祀られる九頭龍社は、天手力雄命が祀られるより前から、水と豊作の地主神として信仰されてきたと伝わる。
中社ちゅうしゃ
中社は、天岩戸を開くための神楽を考案したとされる知恵の神・天八意思兼命を祀る。社殿の天井には河鍋暁斎による龍の絵があり、2003年に復元された。境内には樹齢700年を超える御神木のほか、樹齢800年を超える三本杉もある。
宝光社ほうこうしゃ
宝光社は、中社の祭神の御子神にあたる天表春命を祀り、開拓や学問技芸、安産などの神徳で信仰されてきた。社殿へは270段余りの石段を上る。麓に近い立地から、戸隠信仰の入口としての役割も担ってきた。
火之御子社ひのみこしゃ
火之御子社は1098年ごろの創建と伝わり、天鈿女命を主祭神に、高皇産御霊命・栲幡千々姫命・天忍穂耳命を合わせ祀る。神仏習合の時代にも終始神社であり続けた点で、戸隠五社の中でも独自の由緒を持つ。
信仰の形の移り変わり
戸隠の信仰は、寺と修験の時代を経て、明治の神仏分離を機に神社として再編された。
顕光寺と修験の時代けんこうじ
戸隠には、神仏習合のもとで顕光寺という寺院が創建され、修験道の道場として長く栄えた。戸隠神社は自らの歴史を「二千年余りに及ぶ」と伝えているが、その大半は仏教色の強い信仰として重ねられてきたものである。
神仏分離と戸隠神社への再編
1868年の神仏分離により、顕光寺は解体され、戸隠の信仰は戸隠神社という神社の姿に再編された。今日私たちが「戸隠五社」と呼ぶ構成は、この転換を経てはじめて成立したものである。
式年大祭と太々神楽しきねんたいさい・だいだいかぐら
戸隠神社の式年大祭は、丑年と未年の6年ごとに行われる。現在の大祭では、宝光社の神が中社へ渡御し、御父神との対面を果たすことが中心となっている。奉納される神楽は太々神楽と呼ばれる。
参道と町並みが伝える信仰の空間
戸隠の信仰は、参道の順路と町並みという、目に見える形でも今に伝わっている。
麓から奥社への参拝順路
五社を麓から巡る順路は、宝光社、火之御子社、中社、九頭龍社、奥社である。九頭龍社と奥社は同じ奥社参道の最奥部に隣り合って並ぶ。標高を上げながら社を巡ること自体が、参拝の体験になっている。
戸隠古道と戸隠講とがくしこどう・とがくしこう
善光寺から戸隠へは、古くから「戸隠古道」(神道)と呼ばれる林間の道が通じており、五社参拝に向かう参詣者が歩いた。信州各地では「戸隠講」と呼ばれる参詣講が結成され、戸隠と善光寺の両方に参る「両詣で」も盛んになった。
出典:戸隠神社「アクセス」
中社・宝光社の重要伝統的建造物群保存地区
中社・宝光社地区は2017年、文化庁により重要伝統的建造物群保存地区に選定された。宿坊群としては全国で初めての選定で、標高1000メートル以上に広がる77.3ヘクタールが対象となる。江戸時代以来の地割を残し、神社・旧別当家・宿坊が石垣や生垣とともに歴史的な町並みを形づくっている。宿坊の多くは、神仏習合時代の旧坊名・旧院名を今も伝えながら、旅館として営業を続けている。
出典:戸隠神社「重伝建と宿坊」
よくある質問
戸隠神社は一つの神社なのですか?
戸隠神社は、奥社・九頭龍社・中社・火之御子社・宝光社という、麓から山中まで離れて建つ五つの社の総称である。一つの社殿にすべてが収まっているわけではなく、参拝には山道を歩いて巡る時間そのものが含まれる。
戸隠の「二千年余りの歴史」とはどういうことですか?
戸隠神社は自らの歴史を「二千年余りに及ぶ」と伝えているが、これは神社自身による由緒の説明であり、その内実の多くは神仏習合のもとでの顕光寺・修験道としての歴史である。神社としての現在の五社構成は、1868年の神仏分離を経て定まった。
五社を全部歩いて回るには、どのくらい時間がかかりますか?
奥社参道だけでも、入口から随神門までおよそ15分、随神門から奥社までさらに20分から25分ほどを要する。宝光社から奥社まで五社を順に巡る場合は、これに加えて社ごとの参拝時間もかかる。
重伝建に選ばれた宿坊には、今も泊まれますか?
泊まれる。多くは今も旅館として営業しており、宿泊や食事の相談は各旅館・宿坊へ直接電話で行う。