湘南の歴史の重なり|ご当地マニア検定

「湘南」という一つの呼び名の下には、6世紀の神話的な創建伝承から20世紀の政治史まで、時代の異なる複数の「歴史の層」が重なっている。ここでは古代の江島神社と近代の旧吉田茂邸という、時代の離れた二つの史跡から、その重なりをたどる。
江島神社は欽明天皇13年(552年)の創建伝承を持つ古代からの信仰の地であり、旧吉田茂邸は20世紀半ばの首相の私邸という近代の政治史を刻む。二つの史跡は距離にして十数キロ、時代にして1400年以上離れているが、どちらも「湘南」という同じ呼び名の中に含まれる。
各項目には自治体・神社の一次資料を添えている。年号や役職名など、混同しやすい数字・肩書はまず出典で確認しよう。
歴史の重なりを読む:まず押さえる名前
江島神社は辺津宮・中津宮・奥津宮の三宮の総称で、欽明天皇13年(552年)の創建伝承を持つ。宗像三女神を一柱ずつ祀る「三つの宮の集合体」である。
江島神社
江島神社は、江の島にある辺津宮・中津宮・奥津宮の三宮からなる神社の総称で、伝承では欽明天皇13年(552年)に岩屋の中に神を祀ったのが起源とされる。日本三大弁財天の一つに数えられ、明治初年の神仏分離までは仏式の信仰も併存していた。三宮にはそれぞれ宗像三女神の一柱が祀られており、「一つの神社」ではなく「三つの宮の集合体」として理解する必要がある。
出典:江島神社公式「ご由緒」
歴史の重なりを読む:出題でつながる視点
大磯町の旧吉田茂邸は、戦後の首相を通算7年余り務めた吉田茂の邸宅で、焼失後の2017年に再建・公開された。1954年建立の「兜門」は講和条約締結を記念する。
旧吉田茂邸
旧吉田茂邸は大磯町にある、戦後日本の首相を通算7年余り務めた吉田茂の邸宅。建物は火災で焼失した後、2017年に再建・公開された。敷地内の「兜門」はサンフランシスコ講和条約の締結を記念して1954年に建てられ、「講和条約門」とも呼ばれる。江島神社の創建伝承(552年)から数えると、実に1400年以上あとに刻まれた「湘南のもう一つの歴史」である。
よくある質問
江島神社の「三宮」とは何を指す?
辺津宮には田寸津比売命、中津宮には市寸島比売命、奥津宮には多紀理比売命と、宗像三女神がそれぞれ一柱ずつ別々の宮に祀られている。
旧吉田茂邸の「兜門」は何を記念して建てられた?
1954年、サンフランシスコ講和条約の締結を記念して建てられた門。意匠は京都・裏千家今日庵の兜門を写したもので、京都から宮大工を招いて造られ、2019年に国登録有形文化財となった。