「京都っ子」とは ― 京都の呼び名と、京雀・京わらべ

同じ京都の人でも、「京雀」と「京わらべ」は少し違う。古い都には、住む人を映す呼び名がいくつもありました。
「京都っ子」は、京都で生まれ育った人を指す言葉。
都には、京雀・京わらべといった古い呼び名もありました。その来歴と、京ことばの呼び方までたどります。
あわせて、京都という土地そのものの昔の呼び名――平安京・洛陽(洛中)・山城・西京――が、いつ何を指して使われたのかを、辞書と自治体の資料をもとに整理します。
「京都っ子」とは何を指す?
京都の中心部で生まれ育ち、いまも京都に暮らす人を指す、古くからの呼び名のひとつです。
「京雀」とは何のこと?
町なかの事情やうわさによく通じた京都の人を指す、江戸期の文芸にも見える古い言葉です。
「京わらべ」とは何のこと?
平安の昔から都の文芸にあらわれる、京の都に住む口さがない若者を指した古い言葉です。
なぜ「京都弁」でなく「京ことば」と呼ぶ?
「〇〇弁」という地方色のある言い方が、都であった京都にはなじまないとされてきたためです。
京都の昔の呼び名には何がある?
都の正式名「平安京」、左京の唐名「洛陽」と派生の「洛中」、旧国名「山城」、明治期の「西京」が代表的です。
平安京へいあんきょう
延暦13年(794)、桓武天皇が長岡京から遷都して名づけた都の正式名です。朱雀大路を境に左京・右京に分かれ、現在の碁盤の目の町割りはこの条坊に由来します。
出典:コトバンク「平安遷都」(百科事典マイペディア/山川 日本史小辞典)京都市上京区役所「平安京の創建」コトバンク「京都」(デジタル大辞泉)
洛陽・洛中らくよう・らくちゅう
平安初期の嵯峨天皇のころ、唐の都の名を借りて左京を「洛陽城」、右京を「長安城」と呼びました。低湿地だった右京が早く衰え、左京だけが栄えたため、「洛陽」がそのまま平安京、ひいては京都の異称になります。市街の中央部を「洛中」、京都へ上ることを「上洛」と言うのはこの名残で、「京洛」も同じ由来です。
出典:京都市上京区役所「上京区の成立」コトバンク「洛陽」(精選版 日本国語大辞典・世界大百科事典「京都[市]」の項)コトバンク「京都」(日本大百科全書)
山城やましろ
京都盆地を中心とする旧国名です。もとは「山背」と書き、平安遷都にあわせて「山城」に改められました。現在の京都府は、もとの山城国と丹後国の全域、丹波国の大部分にあたります。
西京さいきょう
明治になって都が東京に移ると、それに対して京都を「西京(さいきょう)」と呼ぶ言い方がありました。『日本国語大辞典』が引く初出例は明治4年(1871)刊の『新聞雑誌』第6号です。なお現在の京都市「西京区」は「にしきょう」と読み、1976年に右京区から分かれた行政区で、この異称とは別の名前です。
よくある質問
「京雀」ってどんな人?
町なかの事情やうわさに通じた京都の人のことです。江戸時代の文芸にも登場する古い言い方で、必ずしも悪い意味ではありません。
なぜ「京都弁」と言わず「京ことば」?
長く都であった京都では、「〇〇弁」という地方色のある言い方がなじまないとされ、「京ことば」と呼ぶ習わしがあります。
京都の学校名や地名に「洛」が多いのはなぜ?
「洛」は京都の異称「洛陽」の一字です。洛北・洛西・洛南・洛東は京都の市街を中心に見た方角の呼び方で、学校名などにも同じ一字が受け継がれています。