阿蘇の草原はなぜ千年続くのか ── 野焼き・放牧・採草と水の巡り

阿蘇の草原は、放っておけば数十年で森に還ってしまう。それでも千年以上にわたって草原であり続けてきたのは、野焼き・採草・放牧という季節ごとの人の手入れが絶えず繰り返されてきたからだ。阿蘇カルデラという広大な器のなかで、火と水がどう結びついて草原と暮らしを支えているのかを、出典つきでたどる。
阿蘇カルデラは約27万年前から9万年前の4回の巨大噴火で形成された南北約25km・東西約18kmの巨大な凹地で、その縁を縁取るのが阿蘇北外輪山、内部にそびえるのが中央火口丘群と呼ばれる火山群だ。この記事では、カルデラという器のなかで繰り広げられる草原維持の営みと水の巡りを中心に扱う。
野焼き・採草・放牧という三つの営みの季節ごとの役割と、それを支える集落単位の共同作業、そして阿蘇谷を流れる黒川など、水と草原がどう結びついているかを見ていく。
草原を維持する三つの営み
阿蘇の草原を保っているのは、2月から3月の野焼き、春から秋の放牧、秋の採草という三つの営みだ。いずれも集落単位の共同作業に支えられている。
草原景観そうげんけいかん
阿蘇北外輪山と中央火口丘群にまたがる草原は、2017年に一部区域が国の重要文化的景観に選定されたのを皮切りに、2021年、2023年と資産の範囲が広げられ、現在は「阿蘇北外輪山及び中央火口丘群の草原景観」という名称に至っている。名称の変遷は、草原がどこまで守るべき対象と考えられてきたかの広がりを示している。
出典:阿蘇の文化的景観
野焼きのやき
野焼きは毎年2月から3月にかけて行われる、草原を焼き払って森林化を防ぐ営みだ。本番の前には防火帯をつくる「輪地切り」という作業があり、これは阿蘇の集落(区)ごとの共同作業として運営される。区の住民が交代で担うこうした地域運営の役割は「区役」と呼ばれ、野焼きは大掛かりな行事である以前に、集落の日常的な支え合いの延長線上にある。
採草さいそう
秋になると、夏の間に伸びた草を刈り取る採草が行われる。刈り取った草は乾燥させて牛馬の冬の飼料や寝床に使われ、使い終えた敷料はやがて堆肥となって翌春の田畑に還元される。野焼きが草原の若返りだとすれば、採草は草原の恵みを暮らしに取り込む工程にあたる。
出典:阿蘇の文化的景観
放牧ほうぼく
春から秋にかけては、あか牛などの牛馬が外輪山や中央火口丘群の裾野に放たれる。放牧は食肉生産の手段であると同時に、家畜が草を食むことで樹木の侵入を抑える役割も担っており、景観維持そのものが目的化している点が一般的な牧畜と異なる。
出典:世界遺産の登録を目指して
草原を潤す水と国際的な評価
阿蘇谷を流れる黒川などの水が草原と暮らしを潤し、野焼き・放牧・採草・堆肥化の循環は2013年にFAOの世界農業遺産(GIAHS)に認定された。
黒川くろかわ
阿蘇市の中心市街地・内牧温泉街を流れる黒川は、一の宮町坂梨にある根子岳に源を発し、阿蘇谷を北へ流れる。同じ阿蘇市内には国道57号沿いに「年の神水源」という古くから使われてきた湧水地もあり、一の宮町の宮川渓谷は黒川とは別に白川水系の源流の一つに数えられる。黒川は下流の立野で白川と合流し、熊本市街を経て有明海へ注ぐ。
世界農業遺産せかいのうぎょういさん
2013年、国連食糧農業機関(FAO)は野焼き・放牧・採草・堆肥化という循環そのものを「阿蘇の草原の維持と持続的農業」として世界農業遺産(GIAHS)に認定した。千年続くとされる草原が、単なる景観ではなく生きた農業システムとして国際的に評価された出来事といえる。
よくある質問
野焼きはいつ行われますか?
例年2月から3月にかけて実施されますが、天候や地域ごとの事情で具体的な日程は年によって変わります。最新の実施日は阿蘇の観光協会や自治体の発表を確認してください。
放牧されている牛はすべて『あか牛』ですか?
阿蘇の放牧というと褐毛和種の『あか牛』が代表的ですが、地域や牧野組合によって飼育される牛馬の種類は異なります。ここでは景観維持という共通の役割に注目しています。
世界農業遺産と世界遺産は同じものですか?
異なります。世界農業遺産(GIAHS)は2013年にFAOが認定済みですが、阿蘇カルデラのユネスコ世界文化遺産への登録は、暫定一覧表への追加提案が進められている段階です。
黒川と白川はどう違いますか?
黒川は阿蘇市の阿蘇谷側を流れ内牧温泉を貫く川で、白川は南阿蘇村側の南郷谷を流れる別の川です。両者は立野で合流し、熊本市街を経て有明海に注ぎます。