地名で読む山口 ── 周防と長門、国衙・鋳銭司・開作・赤間関

山口県の地名を地図の上で追うと、二つの旧国の名、古代の役所、干拓の田、港と関所という四つの層が重なって見える。由来が分かれる島の名や、日本で生まれた字を使った名も、その上に点在している。
県の東半分が周防国、西半分が長門国で、両国をあわせて防長と呼ぶ。国名が今も地名として使われているだけでなく、国の役所があった場所や、江戸時代に浅い海を田に変えた場所の名も、大字や町名としてそのまま残っている。
由来や経緯を資料で確かめられる地名を選んだ。名の由来に諸説あって一つに決まらないものは、説が複数あることだけを伝え、どれか一つを事実としては扱わない。読みは日本郵便などの公的な資料に拠る。
二つの国の名 ── 周防と長門
周防は現在の山口県東部、長門は西半部にあたる旧国名。長門は関門海峡をさす「穴門」に由来するとされ、周防の名の意味は分かっていない。
長門ながと
古くは「穴門」「穴戸」と書いて「あなと」と読んだ。穴は窪み、門は瀬戸を意味し、関門海峡をさす名が国名になったとされる。「長門」の字が資料に初めて現れるのは665年で、国府は今の下関市長府にあった。
周防すおう
古くは「周芳」と書かれ、「周防」の字は697年の記事が初見。読みが「すは」なのか「すはう」なのか、名の意味も定まっていない。国名のもとになった周防国造の本拠は、光市の小周防(こずおう)付近と推定されている。
阿武あぶ
律令の制度が整う前には、穴門とは別に阿武という国があったと考えられている。中心は今の阿武郡にあたり、のちに長門国のうちに含まれた。国の名は消えても、阿武郡と阿武町の名に残っている。
防長ぼうちょう
周防と長門をあわせた呼び名で、辞書には「現在の山口県」とも説明される。1600年の関ヶ原の戦いの後、毛利氏は周防・長門の二国に減封され、居城を広島から萩へ移した。
国の役所が地名に残った ── 国衙・佐波令・鋳銭司
防府市の国衙と東佐波令は周防国の役所があった土地、山口市の鋳銭司は銭貨を鋳造した役所の名。古代の役所が大字名になっている。
国衙こくが
周防国の国府があった場所で、現在の町域名も国衙。発掘調査と現存する地割から、国府は8町四方の規模だったと確かめられている。国庁、朱雀、船所、細工所など、役所に関わる地名が府域内に残るとされる。
佐波令さばりょう
東佐波令などの地名になっている佐波令は、佐波川の南の地。周防国衙や国分寺が置かれて古くから栄え、東西に山陽道が通る瀬戸内海交通の要衝でもあった。防府市では「令」を「りょう」と読む。
鋳銭司
古代の貨幣を鋳造する役所の名。もとは長門国の長府に置かれていたが、825年に周防国へ移り、山口市の鋳銭司の地に置かれた。近世には西隣の枝郷の陶(すえ)を含めて鋳銭司村と呼び、幕末の大村益次郎の生誕地でもある。
長登ながのぼり
長門国は奈良時代の主要な銅の産出国の一つで、長登銅山などで銅鉱が採れた。銅の産地と、それを銭に鋳る役所が、同じ長門国にあった。役所が周防へ移ったのは825年で、以後の長門は国司による通常の統治に戻った。
干拓の記憶 ── 開作と塩田
開作は干拓のこと。江戸時代の萩藩が新田を増やすために盛んに行い、宇部の中野開作や周南の浦山開作のように町域名に残る。読みは濁る地名も濁らない地名もある。
開作かいさく
干拓のことで、西日本の海面干拓は旧藩領によって呼び名が違い、瀬戸内海の干拓地には「開作」「新開」などの語が使われる。山口県の町域名にも、宇部市の中野開作や周南市の浦山開作のように開作の名を持つものがある。江戸時代の萩藩は収入を増やすために開作を積極的に行い、公儀開作・拝領開作・寺社鋪開作・自力開作などの種類があった。
中野開作なかのがいさく
宇部市の中野開作は、「開作」が「かいさく」ではなく「がいさく」と濁る例で、前の語につながって後ろの語頭が濁る連濁の一つ。ただし、濁るのは開作の付く地名の常ではない。同じ干拓地の名でも読みは町域ごとに登録されていて、「開作は濁る」と覚えてしまうと外れる地名がある。
浦山開作うらやまかいさく
周南市の浦山開作は、開作を濁らずに「かいさく」のまま読む。同じ市には、「うらやま」と読む浦山の町域もある。宇部の中野開作のように「がいさく」と濁る地名を先に覚えていると、ここで読みを濁らせてしまう。意味は同じ干拓地でも、濁りの有無は一つずつ確かめることになる。
三田尻みたじり
干拓と並んで海辺を作り変えたのが塩田。三田尻古浜は1699年、平生浜は1704年に築かれるなど、近世の周防国では塩田が次々に開かれ、播磨国に次ぐ塩の産地になった。三田尻は内海航路の港としても知られる。
出典:周防国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・日本大百科全書)赤間関(日本歴史地名大系・山川日本史小辞典・世界大百科事典)
港と関 ── 赤間関・上関・室積・北浦の浦々
赤間関は下関の古称で、上関に対して下関とも呼ばれた。内海航路や日本海側の鯨漁で栄えた港の名が、いまの地名や駅名に残っている。
赤間関あかまがせき
下関の古称で、赤馬関、馬関とも書いた。名の由来には赤目竜説、舟舸の異名の赤馬に由来するという説、開間(あきま)説など諸説ある。上関町にあった竈戸関(上関)に対して、下関とも呼ばれた。
上関かみのせき
上関町にあった竈戸関を上関と呼び、これに対して赤間関を下関と呼んだ。二つの関の名が、いまも上関町と下関市の名前になっている。町内の室津(むろつ)や祝島(いわいしま)も、上関町の地名だ。
室積むろづみ
近世に防長二国を領有した毛利氏は、瀬戸内海の浅い海を干拓する一方、内海航路の発達で赤間関・三田尻・室積・上関・柳井などの港町が開けた。室積半島の東端から北へ砂嘴が伸びる象鼻ヶ岬は、その港町の一角にある。
通・黄波戸・川尻かよい・きわど・かわしり
日本海側の北浦では江戸時代に鯨漁が盛んで、長州藩は1672年以降、鯨組を保護し奨励した。長門市の通、黄波戸、油谷の立石や川尻の各浦で鯨組が競い合った。川尻岬は向津具半島の北端にあって本州最西北端とされ、黄波戸はJRの駅名にもなっている。
関門かんもん
馬関の「関」と門司の「門」を取った呼び名で、約6000年前に本州と九州が分かれて海峡になったといわれる。長門国の古名「穴門」も、この海峡をさす名とされる。
由来が分かれるとき ── 島の名
六連島と蓋井島は、名の由来が複数伝わる。どちらも一つに決めず、説があることだけを記す。
六連島むつれじま
名の由来には、周囲に小島が連なるからという説、6人の入植者が島を6等分したからという説、韓国語で「集落」を意味する語が変化したという説がある。由来は一つに決まらないが、読みは公的な資料で確かめられる。
蓋井島ふたおいじま
名の由来は二つ伝わる。神功皇后が島に立ち寄って水をほめ、その後ふたでおおったから、というものと、神事の御神水に使う清水の池に、汲み終わるたび固くふたをしたから、というもの。どちらも水にふたをする話で、「蓋」の字と重なる。
日本で生まれた字 ── 国字と萩
垰や糀は日本で作られた国字を使う周南市の地名。萩の字も、中国の字形を借りて日本で別の意味に使う字の例とされる。
垰たお
峰と峰の間のくぼんだ所を表す国字を、そのまま大字名にした地名で、読みは「たお」。国字とは日本で作られた漢字で、ふつうは訓だけで音読みがない。「とうげ」とは読まない。
出典:郵便番号検索 山口県 周南市(町域名と読み仮名)国字(デジタル大辞泉・ブリタニカ国際大百科事典)漢字「垰」の部首・画数・読み方・意味など
糀町こうじまち
糀も国字の一つで、読みは「こうじ」。周南市の糀町は、町名の末尾が「ちょう」ではなく「まち」と読まれる。国字は訓が中心なので、読みは字ごとに覚えるほかない。
出典:郵便番号検索 山口県 周南市(町域名と読み仮名)国字(デジタル大辞泉・ブリタニカ国際大百科事典)漢字「糀」の部首・画数・読み方・意味など
萩はぎ
ブリタニカ国際大百科事典は、字形は中国にあるが日本ではまったく別の意味に使う字の例として「萩」を挙げ、国字に含める説明もあるとする。市名の由来としては、萩市の公式ページが、ツバキがつまってハギになったという説と、近くにハギの茂る山があったからという説を紹介している。どちらも「言われている」の範囲にとどまる。
よくある質問
「開作」とは何ですか。なぜ山口県に多いのですか。
干拓地を指す語。山口県に多い背景には、萩藩が新田を増やす政策として盛んに干拓を進めたことがある。地名の読みは「がいさく」と「かいさく」のどちらもあり、一つに決めつけず町域ごとに確かめる。
鋳銭司という地名は、古代の役所とどうつながっていますか。
古代に貨幣を鋳造した役所の名が、そのまま山口市南部の大字名として残った。役所は長門国から825年に周防国へ移り、その地が今の鋳銭司にあたる。辞典類は役所の名を「じゅせんし」や「ちゅうせんし」と記しており、地名の読みとの間の音の変化を説明する資料は確かめられなかった。
「防長」は山口県のどこを指しますか。
周防国と長門国の総称で、廃藩置県のあった1871年には山口・岩国・豊浦・清末の4県が置かれ、同じ年の末に山口県へ統一された。今の県域と防長はほぼ重なる。
「垰」や「糀」はどんな字ですか。
日本で作られた国字で、峠・畑・辻・榊もその仲間。国字はふつう訓だけを持つので、垰は「たお」、糀は「こうじ」と、字の形からは導けない読みを一つずつ覚えることになる。
出典・参考
- 長門国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・山川日本史小辞典)
- 周防国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・日本大百科全書)
- 郵便番号検索 山口県 光市(町域名と読み仮名)
- 郵便番号検索 山口県 阿武町(町域名と読み仮名)
- 防長(デジタル大辞泉・精選版 日本国語大辞典)
- 郵便番号検索 山口県 防府市(町域名と読み仮名)
- 佐波令(日本歴史地名大系)
- 鋳銭司(世界大百科事典・日本大百科全書)
- 郵便番号検索 山口県 美祢市(町域名と読み仮名)
- 開作(防府市歴史用語集・世界大百科事典)
- 郵便番号検索 山口県 宇部市(町域名と読み仮名)
- 連濁(デジタル大辞泉・世界大百科事典)
- 郵便番号検索 山口県 周南市(町域名と読み仮名)
- 赤間関(日本歴史地名大系・山川日本史小辞典・世界大百科事典)
- 郵便番号検索 山口県 下関市(町域名と読み仮名)
- 郵便番号検索 山口県 上関町(町域名と読み仮名)
- 象鼻ヶ岬・峨嵋山(むろづみ空想計画舎)
- 川尻岬(長門市)
- 黄波戸 駅情報(JRおでかけネット)
- 関門海峡(おいでませ山口へ)
- 離島・六連島(山口県の離島の紹介)
- 離島・蓋井島
- 国字(デジタル大辞泉・ブリタニカ国際大百科事典)
- 漢字「垰」の部首・画数・読み方・意味など
- 漢字「糀」の部首・画数・読み方・意味など
- 萩市の概要(市章・市民憲章等)