山口の呼び名 ── 宰判・山陽道の駅から「幸せます」「ヤマグチ」まで

同じ「山口」でも、県を指すのか市を指すのかは、アクセントで言い分けるという。山口県の呼び名には、江戸時代の宰判や古代の駅の名から、防府で生まれた「幸せます」まで、土地の暮らしの手触りが細かく残っている。
下関・関門の呼び名や、萩・長門の呼び名は、それぞれの地域の呼称記事に譲り、ここでは県全体にまたがる呼び名と言い習わしを見る。藩の下の区画、古代の道と駅、町名の古い呼び方、そして県民が使うことばを順にたどる。
取り上げるのは、辞典や県・市・観光団体の資料で確かめられる呼び名だけ。実際の言い方は地域や世代で違うので、資料にない使い方には触れない。
藩の下の区画と、動いた藩庁 ── 宰判と萩・山口
宰判は長州藩が郷村を治めるために置いた代官の管轄区域で、周防に十、長門に八。藩庁は1864年に萩から山口へ移った。
宰判さいばん
江戸時代の長州藩は、郷村支配の行政単位として宰判を置いた。代官の管轄区域にあたる。周防国には大島、奥山代、前山代、上関、熊毛、都濃、三田尻、徳地、山口、小郡の十、長門国には奥阿武、当島、浜崎、美祢、船木、吉田、前大津、先大津の八があった。名の多くは今の地名と重なり、山口や三田尻、上関、美祢は現在も市町名や港の名として通じる。
出典:周防国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・日本大百科全書)長門国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・山川日本史小辞典)
萩から山口へ
関ヶ原の戦いで周防・長門の二国に減封された毛利氏は、本拠の広島城を明け渡し、萩に城を築いて城下町を建設した。その藩庁が1864年(元治元)に山口へ移され、1871年(明治4)の廃藩置県を経て山口県が成立する。政庁の所在地は、藩の歴史のなかで萩から山口へと動いた。
山陽と山陰のあいだで ── 道と駅の呼び名
周防も長門も律令制の山陽道の国で、古代には北部を通って山陰道と山陽道をつなぐ小路もあった。山陽本線の埴生という名は、古代の山陽道の駅名にも見える。
山陽道さんようどう
律令制で、周防国も長門国も山陽道に属した。山陽の官道は瀬戸内海寄りを通り、長門では阿潭、厚狭、埴生、宅賀の駅を経て、今の下関市長府にあった臨門駅に達した。
出典:周防国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・日本大百科全書)長門国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・山川日本史小辞典)
山陰への小路
石見から山陰道と山陽道を結ぶ小路は、小川、宅佐、阿武、埴田、参美、三隅、由宇、意福、鹿野、阿津の各駅を経て厚狭駅で合流した。宅佐は「たかさ」、意福は「おふく」と、字面からは読みにくい駅名も混じる。三隅は今の長門市の三隅と同じ表記で、参美は表記が違うが、萩市の三見と同じ「さんみ」と読む。
出典:長門国(日本歴史地名大系・世界大百科事典・山川日本史小辞典)萩市の行政区(ふりがな付き一覧)郵便番号検索 山口県 長門市(町域名と読み仮名)
埴生はぶ
JR山陽本線の埴生駅は「はぶ」と読む。字面から「はにゅう」と読みたくなるが、駅名の読みは「はぶ」。埴生の名は、古代の山陽道の駅名にも見える。
町名に残る古い呼び方 ── 岬之町と長府の町
下関の岬之町は「みさき」でなく「はな」と読む。長府の町名は、同じ「町」でも侍町は「まち」、古城町は「ちょう」と結びが分かれる。
岬之町・赤間町はなのちょう・あかまちょう
下関市の町名には、古い呼び方が今も残る。岬之町は「みさき」でなく「はな」を使う「はなのちょう」。赤間町には、赤間の名が今も町名として残っている。
長府の侍町・古城町さむらいまち・こじょうちょう
長府は、古代には長門国の国府が置かれ、江戸時代には長府藩の本拠だった土地。町名には侍町や古城町のように城下町を思わせる名が並ぶ。侍町は「さむらいまち」、古城町は「こじょうちょう」で、同じ長府のなかでも結びの読みが「まち」と「ちょう」に分かれる。
山口のことば ── 幸せます・ヤマグチ・わや
「幸せます」は「嬉しく思います」の意味で、防府市は「幸せが増す」の意を重ねる。「山口」は県と市をアクセントで言い分け、「わや」は古語「枉惑」が変化した語という説明がある。
幸せますしあわせます
「嬉しく思います」「助かります」という意味の山口弁で、「〜してもらえると幸せます」のように使う。防府市はこれに「幸せが増す」という意味を重ね、市内の店や防府天満宮の参道では「幸せますグッズ」も売られている。
ヤマグチ
「山口県」「山口市」と県や市を付ければ標準語のアクセントだが、単に「山口」と言うときは、アクセントで県と市を使い分けるという。文字の上では同じ「山口」が、耳で聞くと二つの土地を指し分けている。
わや
「わや」は「めちゃくちゃ」の意味の山口弁。古語の「枉惑(おうわく)」が「わやく」を経て変化した語だという説明が、山口県観光連盟の山口弁の紹介に載っている。小さな音の変化をたどると、古い言葉が今の日常語に残っているのが見える。
よくある質問
「宰判」とは何ですか。
江戸時代の長州藩が郷村を治めるために置いた行政単位で、代官の管轄区域にあたる。周防国に10、長門国に8あり、山口・三田尻・上関・美祢・船木・吉田など、今の地名とつながる名が多い。
廃藩置県のあと、周防と長門はどうなったのですか。
1871年(明治4)の廃藩置県で、旧長州藩領には山口、豊浦、清末などの県が置かれたが、同じ年の末には防長二国が山口県に統一された。
古代の駅名は、どう読むのですか。
事典が読みを添えているのは、参美(さんみ)、宅佐(たかさ)、意福(おふく)、三隅(みすみ)など一部。ほかの駅名は読みが示されておらず、今の地名と同じ表記でも、同じ読みとは限らない。