Q1.JR高松駅から海側へ少し歩くと着く、港・ホテル・広場などが集まるエリアは?
- サンポート高松
- 高松中央公園
- 高松市役所
- 香川県立ミュージアム
正解を表示
正解サンポート高松
サンポート高松は、高松港周辺の再開発で整備されたウォーターフロントで、JR高松駅から徒歩約3分。四国フェリーや高速艇が発着するターミナル、ホテル、シンボルタワーが並び、瀬戸内海を望む広場とプロムナードは市民や観光客の憩いの場になっています。
出典:サンポート高松

本番の問題を、答え・解説・出典つきで振り返れます。先に答えを考えてから、正解を表示してください。
収録しているのは出題プールの一部です。本番の検定では、ここに載っていない問題も出題されます。
最終更新: 2026-09-21
高松港のサンポートに降り立ち、玉藻公園に姿を残す高松城、紫雲山を背にした栗林公園、屋根のような形の屋島、長い参道の先の金刀比羅宮、本州と結ぶ瀬戸大橋まで。10問は、地元で育てば自然に身につく基礎知識を、少し細かい角度から確かめます。うどんの一杯目の注文も、案外きちんと言葉にできないものです。ここでの手応えを確かめてから、次の段へ進んでください。
正解サンポート高松
サンポート高松は、高松港周辺の再開発で整備されたウォーターフロントで、JR高松駅から徒歩約3分。四国フェリーや高速艇が発着するターミナル、ホテル、シンボルタワーが並び、瀬戸内海を望む広場とプロムナードは市民や観光客の憩いの場になっています。
出典:サンポート高松
正解玉藻公園
高松城跡は高松市立玉藻公園として公開され、堀や天守台の遺構をたどって歩けます。瀬戸内海の海水を直接引き込んだ全国でも珍しい海城で、今治城・中津城とともに「日本三大水城」の一つに数えられています。
出典:高松城(玉藻公園)
正解栗林公園
栗林公園は紫雲山を背景に、6つの池と13の築山を巧みに配した大名庭園です。100年以上かけて庭が整えられ、特別名勝に指定される全国屈指の名園へと育ちました。国内外の旅行ガイドでも高い評価を受けています。
出典:特別名勝 栗林公園
正解かけうどん
かけうどんは、温めた麺にだしをかけて食べる最もベーシックな一杯です。讃岐うどんはコシの強い麺と、いりこ(煮干し)でとる素朴なだしの組み合わせが特徴で、県内には駅の立ち食いから製麺所直営店まで多彩な形態の店が並びます。
正解女木島
女木島は桃太郎伝説の「鬼ヶ島」として知られ、高松港からフェリーで約20分。島内の鬼ヶ島大洞窟には鬼の伝説を再現した展示があり、防風・防潮のための石垣「オオテ」が続く独特の集落景観も見どころです。
出典:女木島
正解屋島
屋島は硬い岩層に覆われたテーブル状の高地で、屋根のように見えることからその名がついたとされています。瀬戸内海国立公園の一部に指定され、山上からの眺めは夕景や夜景の美しさでも知られるなど、歴史と自然の両面から多くの旅行者を惹きつける高松の代表的なランドマークです。
出典:屋島について
正解ことでん
ことでんは高松の中心部と郊外を結ぶ私鉄で、琴平線・長尾線・志度線の3路線を運行しています。地元では「ことでん」の愛称で親しまれ、通学・通勤など日常の足として100年以上にわたり利用されてきました。
出典:ことでんー路線図ー
正解さぬき高松まつり
さぬき高松まつりは「ものっそ高松」を合言葉に毎年夏に開かれる高松最大級の祭りで、総おどりやよさこい演舞、花火大会などで街が盛り上がります。市内中心部が会場となり、多くの市民や観光客でにぎわいます。
正解金刀比羅宮
金刀比羅宮は、古くから「さぬきのこんぴらさん」として親しまれる神社で、海の神様・大物主神を祀ります。表参道には長い石段が続き、船乗りや漁師をはじめ全国から今も多くの参拝者を集めています。
出典:金刀比羅宮
正解岡山県
瀬戸大橋は、本州四国連絡橋の児島・坂出ルートとして香川県と岡山県を結ぶ橋です。上下二層構造になっており、上部を瀬戸中央自動車道、下部をJR瀬戸大橋線が通る、道路と鉄道の併用橋という点でも知られています。
ここからの15問には、高松や讃岐で暮らしていても、その場ではっきり言い切れない話題を集めました。栗林公園の築山が見立てているという山の名前、金刀比羅宮の石段の数にまつわる小さな工夫、瀬戸大橋が開通した年、ため池がこれほど多い理由。聞いたことはあっても、正確に言い切るにはもう一段の記憶が必要です。年号が出てきたら、藩政や近代化の節目を思い出してください。覚えていたつもりの知識に、もう一段厚みが加わる15問です。
正解JR栗林公園北口駅
栗林公園への電車アクセスは、JR栗林公園北口駅から徒歩約3分、ことでん栗林公園駅からは徒歩約7分です。JR高松駅からも一駅と近く、車がなくても気軽に立ち寄れる庭園として案内されています。
正解瀬戸内海に面して海水を堀に引いたから
高松城は瀬戸内海に面して築かれた海城で、堀に海水を直接引き込んでいる点が大きな特徴です。日本の城の多くは川や湧き水を堀に使いますが、海水を利用する例は数少なく、高松城はその代表格として知られています。
出典:史跡高松城跡の歴史
正解獅子の霊巌
獅子の霊巌は屋島山上にある展望スポットで、高松市街や男木島・女木島など瀬戸内海の島々を一望できます。名前は突き出た岩の形が獅子に見えることに由来するとされ、屋島観光の定番の撮影スポットにもなっています。
出典:獅子の霊巌
正解盆栽
高松市鬼無地区は、松盆栽の生産量が全国一と紹介される盆栽の産地です。地元では盆栽栽培が盛んで、丹精込めて育てられた松は国内だけでなく海外にも出荷され、高松の伝統産業のひとつになっています。
出典:鬼無植木盆栽センター
正解きんま
香川漆器の技法「蒟醤」は「きんま」と読み、東南アジアの技法にルーツを持つとされる、彫刻に色漆を埋め込む繊細な加飾法です。香川漆器は複数の技法を組み合わせて作られ、国の伝統的工芸品に指定されています。
出典:香川漆器
正解崇徳天皇
金刀比羅宮は、海の神様・大物主神とともに、平安時代末に讃岐国へ流されこの地で崩御した崇徳天皇を合祀しています。保元の乱に敗れて配流された悲劇の天皇として知られ、その霊を慰めるために合祀されたと伝えられています。
出典:金刀比羅宮
正解1837年
旭社は表参道628段目に立つ、天保8年(1837年)竣工の荘厳な社殿です。高さは約18メートルにおよび、その堂々とした造りから御本宮と見間違える参拝客も多いといわれ、金刀比羅宮の見どころのひとつになっています。
出典:金刀比羅宮
正解「786」が「なやむ」に通じるのを避けるため
金刀比羅宮の表参道は、本来なら786段になるはずでしたが、「786」の語呂が「なやむ」に通じるとして縁起を避け、手水舎の手前であえて1段下げて785段にしたと案内されています。数字にまつわる小さな工夫が今も語り継がれています。
出典:金刀比羅宮
正解2005年
ことでんは2005年2月2日にICカード乗車券「IruCa」の運用を開始しました。これは香川県内の交通系ICカードとして先駆けとなるもので、現在はバスや商店街の一部店舗でも利用できる、暮らしに根づいた決済手段になっています。
正解1988年
瀬戸大橋(児島・坂出ルート)は1988年4月10日に開通し、それまで船でしか渡れなかった本州と四国が陸路で初めて結ばれました。全長は13.1キロメートルにおよび、瀬戸内海に架かる橋としては国内最大級の規模を誇ります。
出典:瀬戸大橋
正解満濃池
満濃池は「名実ともに日本一」と農林水産省が紹介する農業用ため池で、その規模の大きさに加え、弘法大師(空海)が修築したという逸話も評価の理由とされています。まんのう町に位置し、今も讃岐平野の農業を支えています。
正解雨が少なく川が短く急なため
香川県は瀬戸内式気候で雨が少なく、しかも川が短く急で水をためにくいため、古くから数多くのため池を築いて農業用水を確保してきたと説明されています。県内には今も1万か所を超えるため池が残り、讃岐の農業を支えています。
出典:地勢と気候
正解7月2日
7月2日は、麦刈りから田植えの労をねぎらう暦の節目「半夏生」にあたり、香川県では「うどんの日」と定められています。この日には県内各地でうどんの無料接待などが行われ、地域ぐるみで新麦の収穫を祝う習わしが今も続いています。
正解富士山
飛来峰は富士山に見立てて築かれたという築山で、栗林公園を代表するビューポイントに数えられています。頂からは南湖を望む庭園随一の景観が広がり、多くの写真や絵はがきにも登場する栗林公園の顔ともいえる場所です。
正解屋島寺
屋島寺は、唐から日本へ渡り東大寺へ向かう途中の鑑真和上が、屋島の北嶺にお堂を建てたのが始まりと伝えられています。四国霊場八十八箇所のうち、鑑真和上が開基したとされる寺は屋島寺だけで、遍路道の中でも特色ある一寺です。
出典:屋島寺
最後の15問は、讃岐の風景と信仰の奥にある物語を集めました。栗林公園が今の姿に至るまでの歩み、高松という地名が生まれた経緯、女木島・男木島を結ぶ渡し船の時刻、屋島の山上に積み重なった歴史の層、金毘羅参りが江戸の庶民にとってどれほどの憧れだったか。並べ替えや複数選択の出題も交じり、覚えた事実を年表や地図に置き直す力が試されます。最後まで応じ切れば、鬼マニアの領域に挑む足がかりができているはずです。
正解西嶋八兵衛の治水工事が庭園の基礎を築く → 松平頼重が庭造りを引き継ぐ → 県立公園として一般公開 → 特別名勝に指定
栗林公園の歴史は、1631年頃に西嶋八兵衛が治水と庭の基礎を築き、1642年から高松藩主・松平頼重が庭づくりを引き継ぎ、1875年に県立公園として公開、1953年に特別名勝に指定という順で進みました。武家の庭が公共の公園へと姿を変えた歩みがうかがえます。
出典:特別名勝 栗林公園
正解生駒親正
高松城を築いたのは、豊臣秀吉の家臣として讃岐に入った生駒親正です。築城にあたり、それまでの地名「野原」を「高松」に改めたとされ、この改称が現在の高松という地名の由来になっています。
出典:史跡高松城跡の歴史
正解男木島の魂
男木港にある高松市男木交流館は、スペインの現代芸術家ジャウメ・プレンサが手がけた「男木島の魂」という作品そのものです。多言語の文字を組み合わせた屋根が特徴で、乗船券の販売窓口としても機能する、実用性とアートが融合した建物です。
出典:高松市男木交流館
正解8:40
雌雄島海運のフェリーは、通常ダイヤで高松8:00発、女木島8:20着・発、男木島8:40着というように、高松港から両島を結んでいます。日々の生活航路でもあり、観光客だけでなく島の住民の暮らしを支える大切な足になっています。
正解源平合戦の古戦場として知られる/四国霊場の札所である屋島寺がある
屋島の山上は源平合戦の古戦場として知られ、那須与一の「扇の的」の逸話が今も語り継がれています。同じ山上には四国霊場八十八箇所の札所・屋島寺もあり、歴史散策とお遍路の両方を楽しめる場所です。
出典:屋島(山上)
正解約300万人
金刀比羅宮には、一年を通じて約300万人もの参拝者が「こんぴら参り」に訪れると案内されています。江戸時代から続く庶民的な信仰を背景に、今も四国を代表する参拝地として全国から人々を集めています。
出典:金刀比羅宮
正解お伊勢参り
江戸時代、庶民が一生に一度の憧れとしたお伊勢参りと並び称されたのが、讃岐の金毘羅大権現への参拝でした。「一生に一度は金毘羅参り」ともいわれ、交通の不便な時代にも、多くの人が船や徒歩で讃岐を目指しました。
出典:金刀比羅宮
正解十一面千手観音
屋島寺の本尊は、弘法大師が刻んだと伝わる十一面千手観音坐像です。多くの顔と手を持つこの観音像は、あらゆる方向に救いの手を差し伸べる存在とされ、四国霊場を巡る遍路にとって重要な信仰の対象になっています。
出典:屋島寺
正解源義経
屋島の戦いで、休戦中に平氏側が船上に掲げた扇の的を、源氏の大将・源義経が弓の名手・那須与一に命じて射させたと伝えられています。見事扇を射抜いた与一の逸話は、後世の軍記物語や絵画にも好んで描かれてきました。
出典:屋島の戦い古戦場:香川県
正解武者小路千家
旧日暮亭は、初代高松藩主・松平頼重が茶道頭として千宗守を招いたことに始まる、武者小路千家との縁が深い茶室です。以来、歴代の家元が高松藩の茶道指南を務め、この建物は栗林公園と武家茶道の結びつきを今に伝えています。
正解約90点
讃岐民芸館は、約3,800点にのぼる収蔵品の中から、香川を代表する民具や工芸品などおよそ90点を厳選して展示する施設です。栗林公園を訪れた際に、庭園の景観だけでなく地域の暮らしの文化にも触れられる場になっています。
正解金毘羅信仰の高まりで門前町に常小屋が必要になった
旧金毘羅大芝居(金丸座)は、江戸時代中頃から金毘羅信仰が全国的に高まり、門前町としての賑わいが整うにつれて、芝居興行と富籤の開札を兼ねる常設の芝居小屋が必要とされ建てられたと案内されています。参拝客でにぎわう町の熱気が生んだ建物といえます。
出典:旧金毘羅大芝居(金丸座)
正解瀬戸大橋
最後の難所「御前四段坂」を上りきり御本宮に参拝したあと、その北東側の高台に立つと讃岐平野が一望できます。空気が澄んで天気が良い日には、瀬戸内海を渡る瀬戸大橋まで遠く望むことができるとされ、長い石段を登り切った参拝者への褒美のような眺めです。
出典:金刀比羅宮
正解壊れた(めげた)
桃太郎伝説の「鬼ヶ島」として知られる女木島は、正式には「めぎじま」と呼ばれます。源平合戦の屋島の戦いで那須与一が射た扇の一部がこの島に流れ着き、讃岐の方言で壊れたさまを「めげた」と言ったことにちなんで「めぎ」という島名がついたと伝えられています。
出典:女木島
正解約2,047時間
高松市の年間日照時間の平年値は2,047時間とされ、札幌・東京・那覇など他の主要都市より約120~330時間も長いと香川県は説明しています。雨が少なく晴天が多い瀬戸内式気候が、讃岐の農業や暮らしを古くから支えてきました。
出典:地勢と気候