高松城と玉藻公園|海水の堀が残す城下の記憶

公開日:2026-08-15 / 最終更新:2026-08-15

高松城を描いた架空のドット絵風景

高松城は瀬戸内海に面し、海水を堀に引き込んだ海城です。現在は玉藻公園として歩ける場所に、城主の交代、建物の保存、戦災からの復元という時間が重なっています。

高松城跡を保存し公開する玉藻公園では、堀、水手御門、月見櫓など、海と城が近かったことを想像できる要素に出会えます。山城のように高低差で守るのではなく、海水の流れを城の構えに取り込んだ点が大きな特徴です。

城の歴史は築城者だけで終わりません。生駒家から松平家へ移った城主の系譜、明治以降の施設利用、戦災を越えた桜御門の復元まで、同じ場所を異なる時代が使い継いできました。

海水を引き込んだ高松城

高松城は瀬戸内海に面し、内堀・中堀・外堀に海水を取り込んだ海城です。

高松城

瀬戸内海に面して築かれた海城

高松城は、瀬戸内海に面して築かれ、海水を堀に引き込んだ城です。高松市は内堀・中堀・外堀を備えた城として説明しており、水面が景観であるだけでなく、防御と港の近さを結びつける構造だったことがわかります。

出典:史跡高松城跡の歴史

玉藻公園

高松城跡を保存・公開する公園

玉藻公園は、高松城跡を保存しながら市民と観光客に公開している高松市立公園です。城跡の見学を公園の散歩として体験できるため、石垣や堀、重要文化財の建物を、城下町の現在の暮らしと切り離さずに見ることができます。

出典:高松城(玉藻公園)

生駒家から松平家へ

生駒親正が築城し、その後は松平家が高松を治めました。

生駒親正

高松城を築き、野原を高松と改めた人物

生駒親正は高松城を築いた人物として高松市の歴史ページに記録されています。築城の際、土地の呼び名を「野原」から「高松」へ改めたと説明されており、城の建設が城名だけでなく地域名の定着にも関わったことを示します。

出典:史跡高松城跡の歴史

松平頼重

東讃岐に入り高松藩主となった初代松平家当主

松平頼重は、東讃岐の領主として高松に入り、高松松平家の初代当主となった人物です。高松市の歴代城主案内では、頼重から続く松平家の系譜が紹介されており、城を誰が治めたかをたどる入口になります。

出典:歴代城主

城の上に重なる建物の記憶

高松城跡には、城主の記念施設や旧松平家別邸など、城の後の歴史も残ります。

玉藻廟

旧天守台に建てられた松平家ゆかりの施設

高松城が松平家へ返還された後、旧天守台には玉藻廟が建てられました。城の防御施設だった場所が、家の記憶をたたえる場へと役割を変えた事実は、城跡が一つの時代だけの遺構ではないことを教えてくれます。

出典:高松城略年表

披雲閣

旧松平家高松別邸として使われた建物

披雲閣は、1917年に建てられた高松松平家の別邸で、香川を訪れる重要な客のための迎賓施設としても使われました。現在は重要文化財として案内されていますが、通常公開ではなく、見学日や利用条件が決められている点にも注意が必要です。

出典:重要文化財 披雲閣(旧松平家高松別邸)利用案内

桜御門がつなぐ保存と復元

桜御門は戦災で失われた後、調査と工事を経て2022年に復元されました。

桜御門

高松城跡で復元された門

桜御門は、かつて高松城の二の丸と三の丸を結んだ門です。1945年の高松空襲で失われましたが、古写真や資料をもとに復元工事が進められ、2022年6月に完成しました。復元された姿は、失われた建物を現在の公園へ戻す取り組みの成果です。

出典:桜御門について

高松城の略年表

築城から玉藻公園公開までを並べる資料

高松市の高松城略年表は、天守の完成と解体、市への移管、史跡指定、玉藻公園としての公開を時系列で整理しています。城の歴史を一つの出来事で覚えず、建物の変化と公開の仕組みまで含めて追える資料です。

出典:高松城略年表

よくある質問

高松城は山の上にある城ですか?

山城ではなく、瀬戸内海に面して海水を堀へ引き込んだ海城です。玉藻公園では水面と城跡が近い構成を歩いて確かめられます。

玉藻公園と高松城は別の場所ですか?

玉藻公園は高松城跡を保存・公開する公園です。名称は公園、見学する歴史遺産は高松城跡という関係で、別の城を指しているわけではありません。

桜御門は昔から残っている門ですか?

いいえ。現地で見られるのは、古写真や資料を手がかりに再現された姿です。現在の玉藻公園で城の空間を歩けるようにした、保存事業の成果と捉えると分かりやすいでしょう。

披雲閣はいつでも中を見られますか?

通常は常時公開ではありません。利用案内にある貸館の条件や、年始の無料公開、5月5日の公開日などを確認して訪ねる必要があります。

出典・参考

※ 由来に諸説あるものは「諸説あり」として記載しています。読み・由来は公開情報にもとづきますが、最新の情報は各出典でご確認ください。

執筆: LoreMania編集部/出典検証: 各項目に明記 / 編集・出典ポリシー

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