Q1.熊本市の水道水の水源は?
- 地下水
- 河川水
- 雨水
- 海水
正解を表示
正解地下水
熊本市の水道水は全量が地下水でまかなわれており、薬剤による浄水処理をほとんど必要としない点が大きな特徴である。この地下水は阿蘇の火山噴出物が積もった台地と、上流域に広がる水田が雨水をゆっくり地中へ送り込む「涵養」の仕組みによって絶えず育まれている。

本番の問題を、答え・解説・出典つきで振り返れます。先に答えを考えてから、正解を表示してください。
収録しているのは出題プールの一部です。本番の検定では、ここに載っていない問題も出題されます。
最終更新: 2026-09-21
水が地下を巡り、路面電車が地上を行き交う。そんな熊本市の骨格に触れる10問を選んだ。地下水だけで暮らしを支える街のしくみ、加藤清正が築いた城と石垣、細川家が営んだ庭園、辛子蓮根やいきなり団子・太平燕といった食卓の顔、そしてくまモンや藤崎八旛宮の祭りまで。地元でも耳にしたことのある話題ばかりだが、正確に言い切れるかどうかは別問題だ。ひとつずつ確かめながら、熊本市の輪郭をなぞってみてほしい。
正解地下水
熊本市の水道水は全量が地下水でまかなわれており、薬剤による浄水処理をほとんど必要としない点が大きな特徴である。この地下水は阿蘇の火山噴出物が積もった台地と、上流域に広がる水田が雨水をゆっくり地中へ送り込む「涵養」の仕組みによって絶えず育まれている。
正解大名庭園
水前寺成趣園は寛永13年(1636年)に初代熊本藩主細川忠利が作庭に着手し、3代綱利の代に現在の規模へ整えられた大名庭園である。池の周りに配された築山は東海道五十三次の景観を写したとされ、富士山を象った丘もそのひとつに数えられている。
出典:水前寺成趣園
正解×(誤り)
熊本城は熊本市中央区に築かれた城で、阿蘇市とは離れた場所にある。加藤清正が慶長6年(1601年)に築城を始め、6年をかけて完成させたことで知られ、上へ向かうほど反りが強まる石垣「武者返し」の造りでも名高い。
出典:重要文化財 熊本城
正解熊本市電
熊本市電は熊本市中心部を走る路面電車で、田崎橋と健軍町を結ぶA系統、上熊本と健軍町を結ぶB系統の2系統で運行されている。道路上に敷かれた軌道を走る交通として、通勤や通学、買い物など市民の日常の足を長く支えてきた。
出典:熊本市観光マップ
正解辛子味噌
辛子蓮根は蓮根の穴に辛子味噌を詰めて衣をつけ、油で揚げる熊本の郷土料理である。病弱だった初代熊本藩主細川忠利に家臣が献じたところ気に入られ、以後は藩の滋養食として重んじられたという由来が伝わる。
出典:辛子蓮根
正解さつまいも
いきなり団子は輪切りにしたさつまいもと餡を小麦粉の生地で包み、蒸し上げて仕上げる熊本の郷土菓子である。蒸し立ての皮のもちもちとした食感と、芋の自然な甘みが引き立て合う組み合わせが持ち味とされている。
出典:いきなり団子
正解春雨
太平燕は春雨を主役にした具だくさんの中華風スープ料理で、豚肉やエビ、揚げ卵などを合わせて仕上げる。熊本市内では給食に取り入れる学校もあるほど広く親しまれ、家庭ごとに具材の組み合わせが少しずつ異なる。
出典:太平燕
正解○(正しい)
下通アーケードは熊本県内最大のショッピングアーケードとされ、熊本市中心部の繁華街を形成している。全天候型のアーケードで雨や日差しを気にせず歩ける通りとして、平日も休日も多くの買い物客でにぎわう。
出典:下通アーケード
正解○(正しい)
くまモンは熊本県のPRキャラクターで、九州新幹線全線開業に向けた「くまもとサプライズ」という誘客キャンペーンのロゴ発表に添える“おまけ”として企画された。クリエイティブディレクター水野学が手がけたデザインが話題を呼び、県の代表キャラクターとして定着した。
出典:5分でわかる熊本の魅力
正解○(正しい)
藤崎八旛宮は承平5年(935年)、藤原純友の乱の鎮圧を祈願して石清水八幡宮から勧請された古社で、例大祭は熊本に秋の訪れを告げる祭りとして親しまれている。神幸の際に用いた藤の枝が地に根付いたという伝承が、社名の由来とも語られる。
ここからの15問は、熊本で暮らす人にも一瞬考え込ませる領域に入る。地下水を守るために積み重ねてきた制度や国際的な評価、くまモンが生まれた経緯、上通・下通という二つのアーケードにまつわる由来、細川家の治世の長さやジェーンズ邸が語る近代教育の記憶、震災からの復興計画や肥後もっこすという気質まで。街の暮らしと歴史がどこでつながっているかを意識すると、選択肢の絞り込みがしやすくなるはずだ。
正解国連「生命の水」最優秀賞
熊本市の地下水保全の取組は、水質・水量の両面を長年観測し記録し続けてきた積み重ねが評価の土台になっている。国連が主催する「生命の水」最優秀賞は、行政だけでなく市民や企業が一体となって取り組んできた保全活動を国際的に評価したものである。
正解硝酸性窒素
地下水を水源とする熊本市では、家畜の排せつ物や施肥に由来する硝酸性窒素が地下水に染み込むことが課題となっており、削減計画に基づいて濃度の監視と対策が続けられている。恵まれた地下水を将来へ引き継ぐための地道な取組のひとつである。
正解九州新幹線全線開業
くまモンは2011年3月に予定された九州新幹線全線開業をPRするキャラクターとして2010年に誕生した。デビュー当初こそ知名度は限られていたが、その後の活躍によって熊本県外での認知度が急速に高まり、県を代表する存在となった。
出典:5分でわかる熊本の魅力
正解パリのオルセー美術館
上通アーケードは明るいアーチ型のガラス屋根が特徴で、パリのオルセー美術館の大屋根をイメージして設計されたとされる。下通アーケードとは通町筋を挟んで向かい合い、二つのアーケードが熊本市中心部の回遊性を高める通りとなっている。
出典:上通アーケード
正解200有余年
肥後熊本藩を治めた細川家は、寛永9年(1632年)に加藤家に代わって入国して以降、明治の廃藩置県まで200有余年にわたり藩政を担った。初代忠利をはじめ歴代の藩主が城下町の整備や学問・文化の振興に力を注いだ。
出典:熊本市のプロフィール
正解細川忠利
水前寺成趣園の創建は初代熊本藩主細川忠利に結びつくとされ、水前寺という名は境内に湧く清らかな水にちなむと伝わる。忠利はこの地の豊富な湧水を生かして庭園を営み、以後細川家歴代の別邸として大切に受け継がれてきた。
出典:水前寺成趣園
正解1871年
ジェーンズ邸は明治4年(1871年)、熊本洋学校で教えたアメリカ人教師L・L・ジェーンズの住居として建てられた。同校は熊本の若者に英語や自然科学を教える先進的な学校で、後年多くの人材を送り出したことで知られている。
正解2023年
ジェーンズ邸は熊本地震で被害を受けた後、保存修理を経て令和5年(2023年)に公開を再開した。度重なる移築を経てなお守り継がれてきたこの洋風建築は、熊本における近代教育と国際交流の記憶を伝える建物として大切にされている。
正解熊本駅前〜水前寺
熊本市電が開通した際の運行区間の一つが熊本駅前から水前寺までで、当時は熊本の玄関口と行楽地とを結ぶ路線として利用者を集めた。現在の路線網の骨格は、この開通時の区間を土台として広がっていったものである。
正解1924年
熊本市電が開通したのは大正13年(1924年)で、当時の熊本市域における近代的な公共交通の始まりを告げる出来事だった。開通から100年を超えて走り続ける軌道路線は、九州でも数少ない現役の路面電車のひとつである。
正解卵黄入り小麦粉の衣
辛子蓮根は辛子味噌を詰めた後、麦粉・空豆粉・卵黄を合わせた衣をまとわせて油で揚げる。この製法は長らく細川家の秘伝とされ、明治維新の頃まで一般には広く伝わらなかったと言われている。
出典:辛子蓮根
正解手軽
「いきなり」は標準語では「突然」を意味するが、熊本弁では「手軽」や「簡単」を指す言葉として使われる。蒸すだけで手早く作れる団子の気軽さが、この菓子の名の由来になったとする説が知られている。
出典:いきなり団子
正解純粋で正義感が強い
肥後もっこすは純粋で正義感が強く、頑固な熊本県人の気質を表す言葉として親しまれている。津軽じょっぱり、土佐いごっそうと合わせて日本三大頑固と称されることもあり、地域ごとの気質の違いを語る際によく引用される。
出典:5分でわかる熊本の魅力
正解復興計画
熊本市震災復興計画は、2016年の熊本地震で被害を受けた住まいやまちの再建に向けて策定された計画で、住宅の再建やインフラの復旧、地域コミュニティの再生を主な柱としている。市民・企業・行政が力を合わせて取組を進める指針となっている。
正解市民の共同作品
熊本市は景観を市民の共同作品と捉え、建物の色や高さ、屋外広告の在り方などを住民と行政が話し合いながら整えていく姿勢を大切にしている。一人ひとりの営みが積み重なって、まち全体の見え方を形づくるという考え方に基づいている。
出典:くまもと市の景観について
最後の15問は、熊本通を自任する前に越えておきたい関所にあたる。加藤清正が仕組んだ治水の工夫、熊本城の建物が受けてきた文化財としての位置づけの変遷、水前寺成趣園に残る建物の由来、震災復興を支えた市民参加の姿勢など、脚注に近い知識を集めた。並べ替えや複数選択の形式も交じるため、覚えた事実を年表の上に並べ直す作業が欠かせない。ここまで解き切れば、熊本市という土地の見え方がひとつ深まっているはずだ。
正解西南戦争前の火災
熊本城の天守や本丸御殿などの主要な建物の多くは、西南戦争で薩摩軍が城下に迫る直前に起きた火災で焼失した。籠城側が拠点を守るため自ら火を放ったとも伝えられ、その後長く焼け跡のまま歴史を刻んだ。現在の天守は昭和35年(1960年)に鉄筋コンクリートで再建されたものである。
出典:重要文化財 熊本城
正解壁の底の穴で流れを速める
阿蘇の火山灰を含んだ水が用水路を流れると土砂で埋まりやすいため、加藤清正は鼻ぐり井手の壁の底に穴を設け、そこで流れを速めて土砂を先へ押し流す工夫を凝らした。牛の鼻を通す輪に穴の並びが似ることが、その名の由来とも言われている。
出典:土木の神様・清正公の偉業
正解三つの用水路
渡鹿用水は白川から取り入れた水を三つの用水路に分けて流す仕組みで、加藤清正の治水事業を代表する施設のひとつとされる。分けられた水は広い範囲の水田を潤し、その一部は今なお現役の農業用水として使われている。
出典:土木の神様・清正公の偉業
正解白川の新河道との間の土地
加藤清正は洪水対策として白川の流れを城から離す新しい河道に付け替え、旧河道と新河道の間に生まれた土地を城下町の整備に活用した。治水と町づくりを一体で進めたこの手法が、現在の熊本市街の骨格にもつながっている。
出典:土木の神様・清正公の偉業
正解旧機械実験工場
旧機械実験工場は、熊本大学工学部の前身である旧熊本高等工業学校の実習施設として建てられ、現在も熊本大学工学部のキャンパス内に残る国の重要文化財です。旧第五高等中学校本館と同じく、熊本に近代技術教育が根づいていった歴史を伝える建物のひとつとされています。
正解名勝及び史跡
水前寺成趣園は昭和4年(1929年)12月17日、文化財保護のための法律に基づいて名勝及び史跡に指定された。庭園としての造形美と、細川家の歴史を伝える史跡としての価値の両面が、この指定の根拠になっている。
正解旧第五高等中学校本館
旧第五高等中学校本館は明治22年(1889年)に竣工した煉瓦造二階建の洋風建築で、文部省の技師だった山口半六と久留正道が設計を手がけた。現在は熊本大学のキャンパス内に残り、国の重要文化財に指定されている。
正解4年間
熊本市震災復興計画は、住まいの再建から地域コミュニティの再生までを見据え、4年間にわたる取組をまとめた計画である。応急対応から本格的な復興へと段階を踏みながら、着実に取組を積み重ねていく構成になっている。
正解国宝指定
熊本城の現存建物の一部は、戦前の旧国宝保存法のもとで国宝の指定を受けた歴史を持ち、戦後の文化財保護法の制定にともなって重要文化財として位置づけが改められた。指定の変遷そのものが、日本の文化財保護制度の歩みを映している。
出典:重要文化財 熊本城
正解中央区
熊本城の重要文化財建物は熊本市中央区に所在し、市役所や中心商店街にも近い立地にある。かつての城下町の中心が、そのまま現代の熊本市の都心部として引き継がれている点に、城と町の結びつきの深さがうかがえる。
出典:重要文化財 熊本城
正解白川水系最大規模
渡鹿用水は白川水系の中でも最大規模の用水と位置づけられ、加藤清正の治水事業を代表する施設のひとつに数えられる。取水した水は複数の用水路に分けられ、広い範囲の水田を潤す基盤として長く機能してきた。
出典:土木の神様・清正公の偉業
正解歴史的風致
熊本の町並みづくりは、道路や公園といった公共空間の見え方だけでなく、城下町以来積み重ねられてきた歴史的な風致をどう生かすかという視点を重んじている。新しい開発と歴史的な趣きとの調和を図る考え方が、まちづくりの土台になっている。
出典:くまもと市の景観について
正解古今伝授の間
古今伝授の間は、戦国時代に細川幽斎が『古今和歌集』の解釈の奥義を伝えたことにちなむ建物で、もとは京都御所にあった。移築を重ねたのち大正元年(1912年)に水前寺成趣園へ移され、平成22年(2010年)の修復を経て公開されている。
正解市民参加
熊本地震からの復興では、行政主導の復旧だけでなく、住民自らが地域の将来像を話し合う市民参加の場が重んじられた。合意形成を重ねていくその過程が、被災した地域コミュニティの再生を後押しする力になったとされている。
正解民俗・文化財巻
『新熊本市史』別編には民俗・文化財を扱う巻があり、都市化のなかで失われやすい年中行事や暮らしの記憶を体系的に記録している。行政資料としての性格を持ちながら、地域の生活文化を後世へ伝える民俗誌としての側面も併せ持っている。