Q1.鎌倉の海岸が面する海は?
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正解相模湾
鎌倉の海岸は相模湾に面し、由比ガ浜・材木座・稲村ヶ崎と続く弓状の海岸線をなす。稲村ヶ崎は夕景と富士山を望む景勝地で、1333年には新田義貞が鎌倉攻めの折に太刀を海へ投じ、龍神に加勢を祈ったという伝承も伝わる。
出典:鎌倉市「海水浴場」

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最終更新: 2026-09-14
鎌倉見物の一歩目にふさわしい10問です。露座の大仏、段葛の先に鎮座する大きな神社、藤沢へ走る緑の電車、夏だけ開く浜、竹に包まれた禅寺、北鎌倉に連なる寺々、鳩の形をしたお菓子、大河ドラマにちなむ話題、そして江ノ電の踏切をめぐる人気の写真スポットまで。ガイドブックの1ページ目に載るような定番の顔ぶれを、少しだけ踏み込んで問います。全問正解なら、鎌倉散策の案内役はもう任せられる水準です。
正解相模湾
鎌倉の海岸は相模湾に面し、由比ガ浜・材木座・稲村ヶ崎と続く弓状の海岸線をなす。稲村ヶ崎は夕景と富士山を望む景勝地で、1333年には新田義貞が鎌倉攻めの折に太刀を海へ投じ、龍神に加勢を祈ったという伝承も伝わる。
出典:鎌倉市「海水浴場」
正解江ノ電
江ノ電(江ノ島電鉄線)は1902年開業の私鉄で、藤沢駅と鎌倉駅の間、約10kmを単線で結ぶ。住宅の軒先をすり抜けるように走る区間や、海岸沿いを走る区間があり、車窓の変化に富むことから鉄道ファンにも人気が高い。
出典:江ノ島電鉄 公式サイト
正解高徳院
高徳院は鎌倉大仏を本尊とする浄土宗の寺で、大仏は国宝に指定されている仏像である。像高約11.3m、重量約121tと伝わり、造立は1252年に始まったとされる。当初の大仏殿は1498年の津波で失われ、以来大仏は屋外に露座する。
正解鶴岡八幡宮
鶴岡八幡宮は1063年に創建されたと伝わる神社。源頼朝の祖先が京都の石清水八幡宮を勧請したのが起源で、頼朝は鎌倉入りに際してこれを現在地へ遷し、鎌倉幕府と武家社会の守護神として篤く崇敬した。今も段葛や舞殿など見どころが多い。
出典:鶴岡八幡宮「知る」
正解由比ガ浜
由比ガ浜海水浴場は例年7月上旬から8月末にかけて開設され、遠浅の海岸に海の家が並ぶ鎌倉随一の海水浴場として親しまれている。2016年にはアジアで初めて国際環境認証「ブルーフラッグ」の認証を受け、以後も更新を続けている。
出典:鎌倉市「海水浴場」
正解報国寺
報国寺は1334年創建の臨済宗の禅寺で、本堂裏には約2,000本の孟宗竹が茂る「竹の庭」が広がり「竹の寺」の別名で親しまれる。竹林内の茶席「休耕庵」では抹茶を味わいながら庭を眺められ、四季を通じて多くの参拝者が訪れる。
出典:鎌倉市「鎌倉の文化財」
正解禅寺
北鎌倉駅の周辺には円覚寺・建長寺・浄智寺など鎌倉五山に数えられる禅寺が集まり、境内を通り抜けるように歩いて巡ることができる。駅のホームは円覚寺の境内に隣接しており、徒歩圏内に複数の名刹が集まる寺めぐりの起点として親しまれている。
正解鳩サブレー
鳩サブレーは1894年創業の鎌倉・豊島屋の看板菓子。初代久保田久次郎が来店した外国人からもらった洋風ビスケットを原点に考案したとされ、崇敬する鶴岡八幡宮本宮の掲額の「八」の字が向き合う鳩の姿であることや、境内に多い宮鳩にちなんで鳩の形にしたと伝わる。
出典:豊島屋「鳩のつぶやき」
正解大河ドラマ館
2022年、鎌倉を舞台にしたNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の放送に合わせ、鶴岡八幡宮境内の鎌倉文華館鶴岡ミュージアムに「大河ドラマ館」が期間限定で開設され、出演者の衣装やゆかりの史跡を紹介する展示で多くの観光客を集めた。
正解○(正しい)
江ノ電の鎌倉高校前駅そばの踏切は、漫画・アニメ「スラムダンク」のオープニング映像に登場する場所とされ、海とホームが同時に見える構図で知られる。近年は中国・台湾など国内外から多くのファンが撮影に訪れる人気の「聖地」となっている。
ここからは、鎌倉に暮らす人でも即答をためらう15問です。江ノ電の隣駅の由来、なぜ切通という道が必要だったのか、お金を洗うと増えるという泉の言い伝え、しらすを使った丼や干物、禅寺が守り続ける宗派の違いなど、地元の暮らしと歴史が重なる領域に踏み込みます。年号が絡む問いには手がかりを添えました。地形や由緒を思い浮かべながら、一問ずつ確かめてください。
正解和田塚
江ノ電で鎌倉駅の次に着く駅は和田塚。駅名は、1213年に起きた和田合戦で敗れた和田義盛一族の戦死者を弔うために築かれたと伝わる塚に由来するとされ、鎌倉時代の内乱の記憶を今に伝える駅名となっている。
出典:江ノ島電鉄 公式サイト
正解ブルーフラッグ
由比ガ浜海水浴場は2016年、アジアで初めて国際環境認証「ブルーフラッグ」を取得した。水質・安全管理・環境教育など複数の基準を満たす必要があり、鎌倉市は以後も毎年審査を受けて認証を更新し続けている。
出典:鎌倉市「海水浴場」
正解臨済宗
建長寺は臨済宗建長寺派の大本山で、鎌倉五山の第一位に位置づけられる。建長5年(1253年)、時の執権北条時頼が宋から高僧を招いて創建し、一つの寺で禅のみを修行する日本初の専門道場になったとされる。
出典:建長寺「建長寺について」
正解北鎌倉駅
円覚寺の最寄り駅は北鎌倉駅。プラットホームのすぐ脇まで円覚寺の境内が迫っており、改札を出るとほとんど間を置かずに総門へたどり着ける、鎌倉でも珍しい駅と寺院の近さで知られる。
正解周囲の丘陵
鎌倉の切通は、三方を丘陵に囲まれた地形の鎌倉で、外の街道と都心部を結ぶために山を切り開いて造られた人工の道。人や物資の往来を支える一方、幅を狭めて敵の侵入を防ぐ防御施設としての役割も兼ねていた。
正解宇賀福神社
銭洗弁財天として親しまれる神社の正式名は宇賀福神社。1185年、源頼朝が巳の日に見た夢のお告げに従い、佐助ヶ谷の岩窟に湧く霊水を祀ったのが始まりと伝わり、その水でお金を洗うと福銭になるという信仰で知られる。
出典:鎌倉市「鎌倉の文化財」
正解鶴岡八幡宮
鎌倉は文化庁認定の日本遺産「いざ、鎌倉」の舞台であり、鶴岡八幡宮を中心に、切通や海辺の景観とあわせて武家の古都としての歴史が一つの物語として描かれている。認定の構成文化財は寺社や史跡だけに留まらず、暮らしに根づいた伝統工芸まで幅広く含まれている点が特徴だ。
正解流鏑馬
流鏑馬は鶴岡八幡宮の例大祭(9月)に合わせて奉納される馬上弓術の神事。狩装束の射手が全長260mの馬場を馬で疾走しながら、沿道に立つ的を弓で射抜き、的中の様子に一年の吉凶を占う意味も込められている。
出典:鶴岡八幡宮「祭り」
正解源頼朝
源頼朝は鎌倉幕府の初代将軍で、平安末期に鎌倉入りすると、寺社の整備や若宮大路の建設など都市の基盤づくりを進めた。京都の朱雀大路を意識してつくられたとされる若宮大路は、今も鎌倉の中心軸になっている。
正解山に囲まれた谷
鎌倉は三方を山に、一方を海に囲まれた盆地状の地形で、外部からの侵入路が限られるため、中世都市としての防衛に適していたとされる。街への出入りには山を切り開いた切通を通る必要があり、地形そのものが要塞のような役割を果たした。
正解長谷
鎌倉大仏を本尊とする高徳院は長谷地区にあり、同じ地区には十一面観音を本尊とする長谷寺もある。由比ガ浜にほど近く、江ノ電の長谷駅から歩いて参拝できる立地で、大仏と長谷観音をあわせて訪ねる観光客も多い。
出典:高徳院
正解しらす
鎌倉では相模湾で獲れる新鮮なしらすを使った「しらす丼」が名物で、腰越漁港などで水揚げされたしらすが食卓に並ぶ。生しらすは鮮度が落ちやすく漁の当日にしか味わえないことも多いため、釜揚げや干しじらすとあわせて提供する店が多い。
正解たたみいわし
たたみいわしは、獲れたばかりのしらすを重ならないよう板状に薄く並べて天日干しにした鎌倉・湘南地域の名産加工品。乾かすことで甘みと風味が凝縮され、そのまま炙って醤油をたらすだけでも酒の肴として親しまれている。
正解日本遺産
日本遺産は、地域に伝わる歴史や伝統を単独の文化財としてでなく、一つの「ストーリー」としてまとめて文化庁が認定する制度で、2015年度に創設された。鎌倉は「いざ、鎌倉」として認定され、寺社や切通など複数の文化財がその物語を構成している。
正解3か所
鎌倉市が例年夏に開設する海水浴場は由比ガ浜・材木座・腰越の3か所。いずれも遠浅の砂浜が続き、海の家やライフセーバーの監視体制が整えられ、家族連れから若者まで多くの人でにぎわう。
出典:鎌倉市「海水浴場」
仕上げは、鎌倉通を名乗る前の関門となる15問です。武家の都がいつ、どのように今の姿へ整えられたか。丘に囲まれた地形がどのように港や切通に生かされたか。禅の大本山を並べる寺格の序列や、国宝の鐘と仏像がそれぞれどの分野で認められているか。本で言えば脚注にあたる知識を、参道をたどる順路の問いも交えて確かめます。ここを越えれば、本番の検定でも上位を狙える力が身についているはずです。
正解1180年
源頼朝は1180年、鎌倉入りとともに鶴岡八幡宮を由比郷の由比若宮から現在地(小林郷北山)へ遷した。この遷座を起点に、鶴岡八幡宮は鎌倉幕府と武家社会の精神的な中心地となっていった。
出典:鶴岡八幡宮「知る」
正解極楽寺坂切通
極楽寺坂切通は極楽寺の近くにある鎌倉七口の一つで、鎌倉の西側の玄関口にあたる。鎌倉時代には京へ向かう街道とつながり、坂の上からは由比ガ浜方面を望むこともでき、七口のなかでも海に近い立地で知られる。
正解源頼朝
永福寺跡は、源頼朝が奥州合戦で亡くなった敵味方双方の戦没者を弔うため、平泉・中尊寺の二階大堂を模して建立した永福寺の跡地。建久5年(1194年)に二階堂・薬師堂・阿弥陀堂が完成し、鶴岡八幡宮・勝長寿院と並ぶ鎌倉三大寺院の一つとされた。
正解応神天皇
鶴岡八幡宮の本宮に祀られる八幡神は応神天皇にあたる。武運の神として古くから武家の信仰を集め、源頼朝も鎌倉入りにあわせてこの神を祀る社を現在地へ遷し、鎌倉幕府と御家人たちの守護神として崇めた。
出典:鶴岡八幡宮
正解建長寺仏殿
建長寺の仏殿は本尊の地蔵菩薩を安置する中心的な建物で、総門・三門・仏殿・法堂が南北一直線に並ぶ、禅宗寺院特有の伽藍配置の中心に位置する。この一帯がかつて処刑場だったため、地蔵菩薩を本尊としたとの伝承も残る。
出典:建長寺
正解仏舎利
円覚寺の舎利殿には、お釈迦様の遺骨とされる仏舎利が納められていると伝わる。建物自体も鎌倉時代の禅宗建築を代表する国宝で、火災で焼失した後、尼寺の建物を移築したものとされる。
出典:円覚寺
正解彫刻
鎌倉大仏は、建造物ではなく彫刻の分野で国宝に指定されている仏像である。屋外に立つ巨大な仏像でありながら、彫刻としての価値が高く評価されている点が特徴といえる。
正解大仏殿の消失
鎌倉大仏はもともと大仏殿という建物に覆われていたが、1498年の明応地震にともなう大津波で堂が流失し、以後現在まで屋外に露座する姿になったと伝わる。屋根のない大仏の姿は、今では鎌倉を象徴する光景として親しまれている。
出典:高徳院
正解鎌倉文学館
鎌倉文学館は、旧加賀藩前田家の第16代当主・前田利為の別邸を活用した文学資料館で、1985年に開館した。夏目漱石や川端康成など300人を超える鎌倉ゆかりの文学者の原稿や愛用品を収集・展示する目的で設けられた、日本遺産の構成文化財の一つでもある。
出典:鎌倉市「日本遺産」
正解宝戒寺
宝戒寺は、1333年の鎌倉幕府滅亡で北条氏一族が滅んだ、北条義時以来の執権屋敷跡に建つ寺。後醍醐天皇の命を受けた足利尊氏の発願で北条一族の霊を慰めるために建立されたと伝わり、秋には萩が咲き誇ることから「萩寺」の別名でも呼ばれる。
出典:鎌倉市「鎌倉の文化財」
正解円覚寺
円覚寺の梵鐘「洪鐘(おおがね)」は1301年、9代執権北条貞時の時代に鋳造された鎌倉最大級の鐘で、国宝に指定されている。日常的には撞かれず、大晦日の除夜の鐘など年に数回だけその音が響く。
出典:円覚寺「円覚寺について」
正解名越切通/朝夷奈切通/大仏切通
鎌倉の代表的な切通には、名越切通・朝夷奈切通・大仏切通のほか、極楽寺坂切通・亀ヶ谷坂・化粧坂・巨福呂坂などがあり、これらは「鎌倉七口」と呼ばれ、三方を丘陵に囲まれた都市の出入口として機能した。
正解鎌倉彫
鎌倉の日本遺産「いざ、鎌倉」の構成文化財には、寺社や史跡だけでなく鎌倉彫のような伝統工芸も含まれている。禅宗の仏具づくりから発展した鎌倉彫は、単なる特産品としてでなく、鎌倉の歴史そのものを伝える文化財として位置づけられている。
出典:鎌倉市「日本遺産」
正解鎌倉駅 → 二の鳥居 → 段葛 → 鶴岡八幡宮
鎌倉駅から鶴岡八幡宮への参拝路は、若宮大路に出て二の鳥居をくぐり、一段高い参道の段葛を歩いた先で石段を上り、本宮へ至る順路になる。この参道は源頼朝が妻・政子の安産を祈願して整備させたと伝わる。
正解5つ
鎌倉五山は建長寺・円覚寺・寿福寺・浄智寺・浄妙寺の5つの臨済宗の寺で構成される、鎌倉時代から室町時代にかけて幕府が定めた寺格の序列。順位は寺の規模や歴史ではなく、幕府から与えられた格式によって定められた。
出典:鎌倉市「鎌倉の文化財」