奈良市を歩く:公園と街路

1880年に開園した奈良公園は、約660ヘクタールという広大な敷地に東大寺や興福寺、春日大社を抱え込んでいます。公園を出て駅や旧市街へ向かうと、街路の名前にもそれぞれ由来があります。ここでは公園と街を結ぶ固有名詞を、具体的な事実とともに見ていきます。
奈良公園と一口に言っても、鹿がいる芝地だけでなく、社寺や博物館まで含む広い範囲を指します。そこから駅へ、駅から旧市街へと歩くとき、通り過ぎる場所や建物にはそれぞれ独立した由来があります。
以下では、公園・駅・池・町家・地名という切り口で、奈良市の街を構成する固有名詞を具体的に紹介します。
奈良公園と奈良の鹿
奈良公園は1880年開園・約660haの公園、奈良の鹿は1957年に国の天然記念物に指定された鹿です。
奈良公園
奈良公園は1880年に開園した、面積約660ヘクタールにおよぶ公園です。単独の芝生広場ではなく、東大寺・興福寺・春日大社・奈良国立博物館までを含む広いエリアの総称で、園内には約1200頭の鹿が生息しています。広さのわりに社寺との境界がはっきりしないため、気づかないうちに寺社の敷地に足を踏み入れていることも珍しくありません。
奈良の鹿
奈良の鹿は、1957年に「奈良のシカ」として国の天然記念物に指定されました。春日大社の祭神である武甕槌命(たけみかづちのみこと)が白い鹿に乗って奈良の地に降り立ったという伝承から、鹿は古くから神の使いとして大切に扱われてきました。野生動物でありながら人との距離が近いのはこの信仰の名残です。
近鉄奈良駅とJR奈良駅
近鉄奈良駅は近鉄奈良線の終着駅で全線地下駅、JR奈良駅は1934年築の寺院風旧駅舎が残る駅です。
近鉄奈良駅
近鉄奈良駅は近鉄奈良線の終着駅で、大阪方面からの路線がすべて地下に潜り込んだ先にホームがあります。地上に駅舎の姿がほとんど見えないのはこのためで、地下改札を出るとすぐに奈良公園やならまちへの道が延びています。
JR奈良駅
JR奈良駅は現在の橋上駅舎の隣に、1934年に建てられた寺院風の旧駅舎を保存しています。瓦屋根と塔屋を組み合わせた和洋折衷のデザインが特徴で、現在は観光案内所として使われており、駅そのものが一つの見どころになっています。
出典:JR奈良駅(奈良市公式)
猿沢池とならまち格子の家
猿沢池は興福寺が749年に造った放生池、ならまち格子の家は江戸期の町家構造を再現した無料公開施設です。
猿沢池
猿沢池は、749年に興福寺が造った放生池(ほうじょうち)で、捕らえた生き物を放して功徳を積むための池でした。水面に興福寺の五重塔が映り込む景観は南都八景の一つに数えられています。池のほとりに建つ采女神社は、入水した采女を悲しんで一夜のうちに池に背を向けて建ったという伝承があり、鳥居が池と反対を向いているのはそのためとされています。
ならまち格子の家
ならまち格子の家は、奈良市が無料で公開している町家施設で、江戸時代のならまちに多かった「うなぎの寝床」型の町家構造を実物大で再現しています。間口が狭く奥に長い建物の中を通り土間が貫き、中庭を挟んで奥へと部屋が続く様子を実際に歩いて確認できます。
帯解と奈良町
帯解は安産祈願の帯解寺の門前にある地名、奈良町は元興寺・興福寺旧境内一帯を指す歴史的地名です。
帯解
帯解は奈良市南部にある地名で、安産祈願で知られる帯解寺の門前町として発展してきました。JR桜井線には帯解という名の駅があり、地名がそのまま駅名になっています。中心部からは離れていますが、寺への参拝客が絶えない地域です。
出典:帯解駅本屋(奈良市公式)
奈良町
奈良町は、元興寺と興福寺の旧境内一帯を指す歴史的な地名です。前述のならまちとほぼ重なる範囲を指す言葉として使われますが、行政上の町名としても各所に「奈良町」を含む名前が残っており、古い地名がそのまま生きている例といえます。
出典:奈良町(奈良市公式)
よくある質問
奈良市でこのテーマを歩く順番は?
奈良公園を歩いて鹿と社寺の位置関係をつかんだあと、近鉄奈良駅からならまちへ下り、猿沢池を経由すると街の広がりが見えやすくなります。
固有名詞は丸暗記した方がよいですか?
開園年や建築年など具体的な数字を一つ覚えておくと、似た名前の施設でも区別しやすくなります。
出典はどこを見ればよいですか?
各項目の末尾に自治体・社寺・交通事業者・観光協会などの一次情報を置いています。開催日や営業情報は訪問前に公式ページで確認してください。