水戸納豆はなぜ有名?発祥伝説と徳川光圀の関わり

水戸の名物といえば納豆。しかしその全国区の知名度は、実は明治の鉄道開通がきっかけだったと知っていますか。
水戸納豆は日本を代表する納豆の産地として知られています。発祥には平安時代の武将にまつわる伝承があり、江戸時代には水戸黄門こと徳川光圀も関わったとされます。
だが実際に全国区の知名度を得たのは、明治の鉄道開通がきっかけでした。発祥から全国区化までの流れをたどります。
発祥伝説:源義家と一盛長者
源義家の伝承(永保3年/1083年)みなもとのよしいえ
水戸納豆の発祥には、永保3年(1083)、後三年の役で奥州へ向かう源義家が水戸の一盛長者の屋敷に宿泊した際、馬の飼料用に煮た豆の残りが偶然発酵して納豆になったという伝承があります。史実として確定したものではなく、あくまで語り継がれてきた発祥譚です。
徳川光圀による奨励
備蓄食としての奨励
江戸時代、水戸藩主・徳川光圀(水戸黄門)は納豆の製造を備蓄食として奨励したと伝えられています。水戸城下で日常的に作られてきた納豆が、藩主の後押しを受けて地域に根付いていった経緯がうかがえます。
全国区になったのは明治22年から
「天狗納豆」創業と水戸鉄道
1889年(明治22年)、初代・笹沼清左衛門が水戸市で「天狗納豆」を創業。同年の水戸鉄道開通に合わせて水戸駅前広場で売り出したことで、土産物として一気に知名度が高まりました。その後1936年(昭和11年)からは常磐線水戸駅のホームでも本格的に販売されるようになります。小粒大豆を使う今日の水戸納豆の主流も、この頃に確立されたとされます。
よくある質問
水戸納豆は源義家が発明した?
あくまで伝承であり、史実として確定した話ではありません。馬の飼料用の煮豆が偶然発酵したという逸話が発祥譚として語り継がれていますが、納豆の起源には水戸以外にも全国に複数の説があります。
全国的に有名になったのはいつから?
きっかけは1889年の鉄道開通です。なお「天狗納豆」は数ある水戸納豆メーカーの一つのブランド名で、「水戸納豆」自体は特定の一社を指す言葉ではなく地域の納豆全体を指す呼び名です。