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与次兵衛ヶ瀬よじべえがせ

関門海峡の大瀬戸にあった暗礁。干潮時に姿を現す難所で「死の瀬」と恐れられ、文禄元年(1592)7月には豊臣秀吉を乗せた船が座礁したと伝わる。船頭の明石与次兵衛が責任をとって切腹し、のち慰霊碑が建てられたことから与次兵衛ヶ瀬と呼ばれた。巌流島の隣にあり、大正元〜6年(1912〜17)に火薬で爆破された。

出題される検定

(なし)

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